

現代の道路を走るバイクのほぼ全ては「内燃機関(ガソリンエンジン)」を搭載していますが、実は「外燃機関」を搭載したバイクという概念は、決して空想の産物ではありません。むしろ、バイクの歴史の幕開けは外燃機関と共にありました。外燃機関とは、エンジンの「外」にある熱源で「作動流体(水や空気など)」を温め、その膨張力を利用してピストンやタービンを動かす動力機関のことです。
私たちが普段乗っているガソリンエンジンのバイクは、シリンダーの「中」で燃料を爆発させて動力を得るため「内燃機関」と呼ばれます。これに対し、外燃機関は燃料を燃やす場所と動力を生み出す場所が分かれているのが最大の特徴です。最も有名な例は蒸気機関車(SL)でしょう。石炭を燃やして水を沸騰させ、発生した蒸気圧で車輪を回します。これをバイクのサイズに落とし込んだものが「外燃機関バイク」です。
なぜ今、外燃機関が注目されることがあるのでしょうか。それは、内燃機関にはない独自のメリットがあるからです。例えば、燃料を選ばないという点です。ガソリンだけでなく、灯油、ガス、極端な話、薪や太陽熱でも、熱さえ作り出せればエンジンは動きます。また、爆発燃焼を伴わないため、非常に静粛性が高いという特徴もあります。しかし、システムが複雑になりがちで、重量が重くなるという欠点ゆえに、軽快さが求められるバイクの世界では主流になれませんでした。
それでも、環境問題への関心の高まりや、レトロフューチャーな趣味性から、外燃機関バイクへの関心は一部で根強く残っています。このセクションでは、そんなマニアックでありながらロマンあふれる外燃機関バイクの世界について、歴史や仕組み、そして未来の可能性まで深掘りしていきます。
バイクの起源を語る上で、外燃機関である「蒸気機関」の存在を無視することはできません。一般的に、ガソリンエンジンを搭載したダイムラーの「リートワーゲン(1885年)」が世界初のバイクとされることが多いですが、実はそれより以前に、蒸気機関を積んだ二輪車が走っていたという記録があります。それが、アメリカの発明家シルヴェスター・ローパーが1860年代後半に製作した「ローパー・スチーム・ヴェロシペード」です。
この蒸気バイクは、まさに外燃機関バイクのパイオニアでした。車体中央に据えられたボイラーでお湯を沸かし、その蒸気でピストンを動かす構造は、現代の視点から見ても非常に興味深いものです。当時の観衆は、煙を吐きながら走る自転車のような乗り物に度肝を抜かれたことでしょう。しかし、蒸気機関には「始動に時間がかかる(お湯が沸くまで走れない)」「ボイラーが重くて危険」「水の補給が必要」といった、パーソナルモビリティとしての致命的な欠点がありました。
参考リンク:自動車を動かした「蒸気機関」の歴史 - クルマの大辞典(蒸気機関が乗り物の歴史に与えた影響について詳しく解説されています)
一方、フランスのルイ・ギヨーム・ペローも同時期に蒸気二輪車の特許を取得しており、蒸気バイクの歴史は意外にも古いのです。これらは「外燃機関」であるがゆえに、強大なトルクを持っていました。蒸気機関は、回転数ゼロの状態から最大トルクを発生させることができるため、変速機(トランスミッション)が不要なケースも多いのです。これは、発進加速が重要視されるバイクにおいて、実は理想的な特性の一つとも言えます。
しかし、19世紀末にオットーサイクル(4ストローク内燃機関)が発明され、小型で高出力なガソリンエンジンが登場すると、重厚長大な蒸気機関はバイクの動力源としての座を追われていきました。瞬時に始動でき、航続距離も長く、燃料補給も容易な内燃機関の利便性が圧倒的だったのです。それでも、黎明期に蒸気バイクが駆け抜けた事実は、外燃機関がバイクの動力として成立しうることを証明しています。歴史の「もしも」として、蒸気機関の小型化技術がもっと早く進んでいれば、今のバイクは水を補給して走っていたかもしれません。
外燃機関と内燃機関、それぞれの仕組みを理解することで、なぜバイクには内燃機関が普及したのか、そして外燃機関にはどのような独自のメリットがあるのかが見えてきます。ここでは、技術的な視点からその違いを比較してみましょう。
仕組みの決定的な違い:作動流体の有無
この「燃焼場所」の違いが、バイクの特性に大きく影響します。
外燃機関をバイクに使うメリット
外燃機関は「熱」さえあれば動きます。ガソリンはもちろん、バイオエタノール、水素、あるいは廃棄物の焼却熱であっても動力源になり得ます。災害時や燃料供給が不安定な状況下では、身近にある燃えるものすべてが燃料になる可能性があるのです。
内燃機関のような激しい「爆発」が内部で起こりません。じわじわと加熱・冷却を繰り返すサイクル(スターリングエンジンの場合など)であれば、驚くほど静かに回ります。排気音の騒音問題が厳しくなる現代において、この静かさは大きな武器になり得ます。
連続燃焼を行う外燃機関は、不完全燃焼が起きにくく、NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)の排出をコントロールしやすい特性があります。理論上は非常にクリーンな排気を実現可能です。
参考リンク:内燃機関と外燃機関の違いとは?種類や仕組みと将来性 - Earth Carbon(エネルギー生成の仕組みや効率の違いが詳細に比較されています)
なぜバイクでは普及しないのか(デメリット)
バイクにとって最大の敵は「重量」と「スペース」です。外燃機関は、熱を伝えるための熱交換器(ヒーターやクーラー)が必要になり、どうしてもシステムが大型化・複雑化します。また、作動流体が温まるまでの「暖機運転」に時間がかかるため、「キーを回してすぐ発進」というバイクの機動性が損なわれます。
| 特徴 | 外燃機関バイク | 内燃機関バイク |
|---|---|---|
| 燃料 | 何でも(熱源があればOK) | 指定燃料(ガソリン等) |
| 始動性 | 遅い(温まるまで待機) | 速い(即発進可能) |
| 静粛性 | 非常に静か | 爆発音がある |
| 重量 | 重くなりがち(補機類が必要) | 軽量・コンパクト |
| トルク | 低回転から粘り強い | 回転数に依存する |
このように比較すると、趣味や特定用途では輝くものの、一般的な移動手段としてのバイクには内燃機関が適していたことがわかります。しかし、技術革新によって熱交換器の小型化が進めば、外燃機関の復権もあり得るかもしれません。
外燃機関の中でも、特に「夢のエンジン」として期待されているのが「スターリングエンジン」です。1816年にロバート・スターリング牧師によって発明されたこのエンジンは、理論熱効率がカルノーサイクル(理想的な熱機関の効率)に匹敵するとされ、極めて高いポテンシャルを秘めています。では、これをバイクに搭載して実用化することは可能なのでしょうか。
スターリングエンジンの仕組みは、シリンダー内の気体(空気やヘリウムなど)を外部から加熱・冷却し、その膨張・収縮の圧力差でピストンを往復させるというものです。
スターリングエンジンバイクの魅力
廃熱を有効活用できれば、非常に少ない燃料で走り続けることが可能です。
完全燃焼させやすいため、有害物質の排出を極限まで抑えられます。
実際に、大学の研究室や企業のプロジェクトで、スターリングエンジンを搭載したバイク(または三輪車)の試作が行われた例があります。例えば、日本の工業大学などでは、学生プロジェクトとしてスターリングエンジンバイクを製作し、走行実験を行っています。これらの車両は、独特の形状をしたエンジンヘッドを持ち、静かに、しかし力強く進む姿が印象的です。
参考リンク:スターリングエンジンを用いた2輪車の製作について(実際にスターリングエンジン搭載車両を製作した詳細な技術レポートです)
実用化を阻む高い壁
しかし、市販化には至っていません。その最大の理由は「出力密度(パワーウェイトレシオ)」の低さにあります。
気体を外部から温めたり冷やしたりするスピードには限界があります。エンジンを高回転させようとすると、熱の移動が追いつかず、出力が頭打ちになってしまうのです。バイクのような加速力が求められる乗り物にとって、この「反応の遅さ」は致命的です。
効率よく動かすためには、加熱側だけでなく「冷却側」もしっかり冷やす必要があります。そのためには巨大なラジエーターが必要になり、バイクのコンパクトさを損なってしまいます。
作動流体(ヘリウムや水素など)を高圧で封入する必要があり、そのためのシール技術や高度な加工精度が求められ、製造コストが跳ね上がります。
ハイブリッドシステムとしての可能性
直接駆動ではなく、発電用エンジンとしてスターリングエンジンを使う「シリーズハイブリッド方式」なら、実用化の道があるかもしれません。一定回転数で効率よく発電し、モーターでタイヤを駆動する方式です。これなら、スターリングエンジンの苦手な急加速はモーターが担当し、得意な定常運転で発電に専念できます。潜水艦のAIP(非大気依存推進)システムでスターリングエンジンが採用されているように、静粛性と長時間の稼働が求められるツアラーバイクなどのジャンルで、新たな展開があるかもしれません。
実用車としてはハードルが高い外燃機関バイクですが、「趣味」の世界ではその限りではありません。世の中には、自作の蒸気エンジンやスターリングエンジンを自転車やフレームに搭載し、自分だけの「外燃機関バイク」を作り上げるエンスージアスト(熱狂的なファン)たちが存在します。
自作外燃機関バイクのアプローチ
大人の工作として、これほど挑戦しがいのあるテーマはありません。
ホームセンターで手に入る配管部材や、小型のボイラーキットを組み合わせて、自転車に動力を付加するスタイルです。真鍮のパイプ、圧力計、吹き出る蒸気……そのビジュアルはまさにスチームパンクの世界。スピードは出ませんが、シュッシュッポッポという音と共に走る姿は、見る人を笑顔にします。ただし、高圧ガス保安法などの法規制や、火傷・破裂のリスク管理など、高度な知識と安全対策が不可欠です。
理科の実験で作る「空き缶スターリングエンジン」の原理を応用し、金属加工で大型化したエンジンを自作する猛者もいます。旋盤やフライス盤を駆使してシリンダーを削り出し、完璧な気密性を確保する作業は、機械加工スキルの集大成とも言えます。
参考リンク:空き缶スターリングエンジンの自作 - おっさんHobby(基本的な構造の理解に役立つ、自作スターリングエンジンの工程解説です)
楽しさのポイント
この趣味の醍醐味は、「火を焚いて動力を得る」という根源的な機械の喜びを肌で感じられることです。
内燃機関のように電子制御(ECU)でブラックボックス化されていません。バルブのタイミング、加熱の具合、リンク機構の長さなど、すべてのアナログな要素を自分の手で調整し、エンジンが息を吹き返した瞬間の感動はひとしおです。
蒸気機関の重厚な排気音や、スターリングエンジンの静かな回転音は、市販のバイクでは絶対に味わえない感覚です。
注意点とマナー
公道を走るためには、原動機付自転車としての登録(ナンバー取得)、保安基準への適合(ブレーキ、ライト等)、そして何より安全性(ボイラーの耐圧試験等)が必要です。多くの自作派は、私有地での走行や、イベントでの展示走行を楽しんでいます。法的な壁は厚いですが、「動く模型」に乗るという夢を追いかける大人の趣味として、外燃機関バイク製作は究極のDIYと言えるでしょう。
最後に、検索上位にはあまり出てこない独自の視点として、外燃機関バイクが切り拓くかもしれない「エネルギー革命」の可能性について触れておきましょう。これまでの議論は「既存のガソリン車との比較」が主でしたが、視点を「持続可能な社会」に移すと、外燃機関の評価は一変します。
「燃やさない」という選択肢:外部熱源の利用
外燃機関の定義は「外部の熱で作動流体を温める」ことです。つまり、必ずしも何かを「燃やす」必要はないのです。
集光器で太陽熱を集め、その熱でスターリングエンジンを駆動するコンセプトです。日中であれば、燃料ゼロで走り続けることができます。バッテリーの充電時間を待つ必要も、レアメタルを大量消費するバッテリー製造の環境負荷もありません。
少しSFチックですが、道路に埋め込まれた給電システム(非接触充電など)ではなく、「熱供給システム」があればどうでしょうか。工場地帯や発電所からの廃熱パイプラインに接続して「熱」をチャージ(蓄熱材に熱を貯める)し、その熱でエンジンを回して走る。そんなエネルギーインフラの一部としてのモビリティです。
地産地消エネルギーの受け皿として
内燃機関は高度に精製されたガソリンや軽油が必要です。しかし、発展途上国や離島など、燃料の入手が困難な地域ではどうでしょう。外燃機関バイクなら、乾燥させた農作物の廃棄部分、木質バイオマス、あるいは家庭ごみ固形燃料など、その土地で手に入る「燃えるもの」をそのままエネルギーに変えて移動できます。
これは、単なる乗り物という枠を超え、エネルギーの地産地消を実現するツールになり得ます。「ハイテクなEV」だけが未来の答えではありません。「ローテクだがタフで、何でもエネルギーにできる外燃機関」こそが、特定の環境下では最強のエコ・モビリティになる可能性があるのです。
参考リンク:未来を動かす?外燃機関の可能性 - クルマの大辞典(クリーンエネルギーとの親和性や将来の展望について考察されています)
外燃機関バイクは、過去の遺物として博物館に眠らせておくには惜しい技術です。最先端の素材技術(セラミックスによる断熱や高効率熱交換器)と組み合わせることで、EV一辺倒ではない、もう一つの「未来のバイク」の姿を見せてくれるかもしれません。蒸気の力で走った先人たちの夢は、形を変えてこれからの時代にこそ必要とされるのかもしれません。