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バイクのサスペンションを語る上で、多くのライダーが「バネレート(スプリングレート)」を気にしますが、実はそれ単体では乗り味の硬さは決まりません。なぜなら、同じバネでも「支える重さ」が変われば、動きの速さ(振動の周期)が変わるからです。この「バネが物体を支えて揺れる時の1秒間の振動回数」を固有振動数(ナチュラル・フリークエンシー)と呼び、単位はヘルツ(Hz)で表されます。
この数値は、以下の簡易的な計算式で求めることができます(ダンパーの減衰を無視した1自由度モデルの場合)。
f=2π1mk
ここで、$k$はホイールレート(レバー比込みの実効バネ定数)、$m$はバネ上重量(ライダーを含む、バネに乗っかっている重さ)です。
この式から分かる重要な事実は、「車重が重いバイクほど、同じバネレートでも固有振動数は低く(乗り心地は柔らかく)なる」ということです。逆に軽量なバイクに同じバネを入れると、振動数は跳ね上がり、落ち着きのない跳ねるような挙動になります 。
参考)求めるステージからバネレートを自動計算する
つまり、他人のセッティングを真似する際、「バネレート◯◯kg/mmが良い」という情報だけでは不十分です。ライダーの体重や車両の装備重量を含めたトータルの質量バランスを見ないと、狙った固有振動数は再現できないのです。まずは自分のバイクの「バネ上重量」を把握することが、科学的なセッティングの第一歩です。
では、具体的にどのくらいの固有振動数を目指せばよいのでしょうか。この数値はバイクの用途によって明確な「適正レンジ」が存在します。これを理解しておくと、自分のバイクが今どのようなキャラクターになっているかを客観的に判断できます。
一般的な乗用車や、快適性を重視したツアラーバイクはこのあたりに設定されます。路面のギャップをゆっくりといなし、突き上げ感が少ない「フラットライド」な乗り心地になります。長距離を走っても疲れにくい設定ですが、スポーツ走行時の激しい切り返しでは反応が遅れることがあります 。
参考)乗り心地 - Wikipedia
スポーツバイクの標準的な設定です。適度な張りがあり、ライダーの操作に対して車体が機敏に反応します。タイヤのグリップを感じやすく、コーナリング中の安定感が増しますが、荒れた路面ではコツコツとした振動を拾いやすくなります。
強烈な加減速Gや高いコーナリングフォースに耐えるための設定です。公道でこの数値にすると、路面のわずかな凹凸で車体が跳ねてしまい、逆にタイヤの接地性が失われる可能性があります 。
セッティングの際は、まず自分が「どこを走るのか」を明確にし、そのステージに合ったヘルツ数をターゲットにします。例えば、街乗りメインなのにサーキット並みの2.5Hzになっているとしたら、それは明らかに「硬すぎ」であり、サスペンションが仕事をしていない状態と言えます。
理想バネレート計算ツール|バイクの車重・体重・沈み込み
参考リンクの概要:ライダーの体重や車重を入力するだけで、理想的なバネレートや固有振動数の目安を簡易計算できるツールの紹介です。
固有振動数は、フロントとリアで全く同じ数値にすれば良いというわけではありません。実は、「リアの固有振動数をフロントよりもわずかに高く(速く)する」というのが、乗り心地を良くするセッティングの定石です。これを「フラットライド理論」と呼びます。
バイクが路面の突起を通過する際、まずフロントタイヤが突き上げられ、少し遅れてリアタイヤが突き上げられます。もし前後が同じ固有振動数(同じ揺れる速さ)だと、揺れの周期がズレたまま収束せず、車体は前後にギッタンバッタンと揺れ続ける「ピッチング」を起こします。
しかし、リアの振動数を高く(動きを速く)設定しておくと、後から揺れ始めたリアが、先に揺れているフロントの動きに素早く追いつき、車体全体が上下に並行移動するような動き(バウンス)に同調しようとします。これにより、不快なピッチングが早期に収束し、ライダーは「安定している」と感じるのです 。
参考)プリロード調整とスプリングの特性 ①
具体的な比率としては、フロント1.0に対してリア1.1〜1.2倍程度が目安とされています。
「フロントフォークは良く動くのに、なんだか酔う」「ギャップで車体が落ち着かない」という場合は、ダンパー(減衰)をいじる前に、この前後のバネレート(固有振動数)のバランスが崩れていないかを確認すべきです。特に、重い荷物を積んだ時などはリアのバネ上重量が増えて固有振動数が下がるため、プリロード調整などで補正が必要になる物理的な理由はここにあります。
ここが多くのライダーが誤解している最大のポイントです。「サスが柔らかいからプリロード(イニシャル)を掛けて硬くしよう」という会話をよく耳にしますが、物理学の原則として、リニアレート(等ピッチ)のスプリングを使っている限り、プリロードを変えても固有振動数(バネの硬さ)は変わりません。
プリロード調整とは、あくまで「初期荷重」を変えて、サスペンションが沈み始めるタイミングや、乗車時の車体の高さ(1G'のサグ)を調整する機能です。バネ定数(k)そのものを変化させる魔法の機能ではないのです。プリロードを掛けると「硬く感じる」のは、サスペンションが伸びきり付近で突っ張っているか、あるいは車高が上がってキャスター角が立ち、ハンドリングがクイックになったことを「硬い」と錯覚しているケースがほとんどです。
ただし、例外があります。それは「リンク式サスペンション」や「プログレッシブ(不等ピッチ)スプリング」の場合です。
これらは沈み込み量に応じて実効バネレートが変化する仕組みになっています。プリロードを掛けて沈み込み位置(作動ポイント)を奥の方へずらすと、よりバネレートが高い領域を使うことになるため、結果として固有振動数が高くなる(本当に硬くなる)現象が起きます 。
参考)「ダンパーセッテイング基本のン」20231107-1 : F…
自分のバイクがリンク式なのか、直押しなのか、あるいはバネが等ピッチなのか不等ピッチなのか。この構造を理解していないと、プリロード調整で迷宮入りすることになります。
最後に、視点を「機械」から「人間」に移してみましょう。サスペンションの固有振動数が乗り心地に直結するのは、人体そのものにも固有振動数が存在するからです。人間は、特定の周波数の振動を与えられると、内臓や骨格が共振し、強い不快感や疲労、さらには吐き気を催します。
この帯域は、人間の内臓全体や脊椎系が上下方向に共振しやすい周波数です。バイクのサスペンション設定が硬すぎて、路面のうねりを拾ってこの周波数帯の振動をライダーに伝えてしまうと、短時間のツーリングでも腰痛や激しい疲労感に襲われます 。
参考)https://www.iloencyclopaedia.org/ja/part-vi-16255/vibration/item/788-whole-body-vibration
これより高い周波数は、ヘルメットごしに頭や眼球を揺らします。視界がブレたり、エンジンの微振動で手が痺れたりするのはこの帯域です 。
優れたサスペンションセッティングとは、単にタイヤを路面に押し付けるだけでなく、「人間が不快に感じる4〜8Hzの振動をいかにカットするか」というフィルタリングの技術でもあります。
もしあなたが「サスの性能は良いはずなのに、なぜか疲れる」と感じているなら、バイクの振動周期が、たまたまあなたの内臓の共振ポイントとシンクロしてしまっている可能性があります。その場合、あえてバネレートを少し変えて固有振動数をズラすことで、嘘のように快適になることがあります。これは数値計算には現れない、人間工学的なハッキング手法です。
全身振動 - ILO安全衛生百科事典
参考リンクの概要:人体が共振する周波数(4-8Hzなど)と、それが健康や快適性に与える影響について、労働安全衛生の観点から科学的に詳述された資料です。