
バイクのエンジンでは燃料の燃焼により莫大な熱が発生しますが、この熱を適切に処理しなければエンジンは正常に機能しなくなります。ウォータージャケットは、シリンダーブロックとシリンダーヘッド内部に設けられた冷却水の通路のことで、エンジンの心臓を守る防護服のような役割を果たしています。
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水冷エンジンでは、温度が上昇しやすい燃焼室壁面やシリンダー周りにウォータージャケット(水通路)を設けて冷却水で冷却します。エンジン内部を冷却して温められた冷却水は、ウォーターポンプによってラジエターに送られ、走行風によって冷却されて再びエンジンに循環します。
参考)冷却システムの概説:エンジンを冷却水や走行風で冷やす仕組み【…
冷却システムは設定温度である約80℃程度にエンジン温度を制御し続けることで、エンジンの安定した性能を維持しています。この温度管理により、エンジンのフリクションロスを低減し、高出力化を実現することも可能になります。
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シリンダーブロックのウォータージャケットは、エンジンの種類や性能によって異なる複雑な形状をしています。一般的には冷却水が効率よく流れるように複雑な流路が設計されており、材質は熱伝導率の高いアルミニウム合金などが用いられています。
参考)シリンダーブロックの仕組み - メカニズモ
ウォータージャケットには主に「オープンデッキ」と「クローズドデッキ」という2つの構造タイプが存在します。オープンデッキはシリンダーのボア周りの水路が完全に露出している構造で、水量を多くできるため上死点側をより効果的に冷やすことができます。一方、クローズドデッキは水路の穴がボア周囲に何個かあけられている構造で、より高い剛性を持ちます。
最新のバイクエンジンでは、ビルトインボトムバイパス構造など、ウォータージャケットが複数階層に分かれた先進的な設計も登場しています。この構造により、シリンダー温度分布の均一化とシリンダー熱歪の均一化が実現され、フリクションロスの低減と高出力化が達成されています。
シリンダーブロック内には、冷却水が流れるウォータージャケットの他に、エンジンオイルの流路であるオイルギャラリーなども設けられており、潤滑と冷却の両方が効率的に行われる構造になっています。
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エンジン内部で発生する高温の燃焼熱は、シリンダーヘッドとシリンダーブロックで異なる割合で処理されています。一般的に、燃焼室に近いシリンダーヘッドはエンジン全体の約60~70%もの熱を受け持ち、残りの30~40%をシリンダーブロックが処理することで、エンジン全体の温度バランスを保っています。
シリンダーヘッドはより多くの熱負荷にさらされるため、シリンダーヘッドのウォータージャケットはシリンダーブロックに比べて複雑な構造をしていることが多く見られます。これは、より効率的に熱を吸収し、冷却水を循環させるための工夫です。
燃焼室壁面から冷却水への熱流束分布を予測し、冷却水流速と壁温との関係からウォータージャケット各流路の冷却水流速を推算することで、最適な冷却設計が行われています。ウォータージャケットの金属表面の温度は、冷却水の速度(熱伝達係数に関連)と燃焼室から金属を通る熱流量との関係に依存しています。
参考)https://global.yamaha-motor.com/jp/design_technology/technical/publish/pdf/print/34ct-02.pdf
冷却水流速が不足し金属表面の温度が高すぎると冷却水が沸騰を始め、激しくなると金属の温度が急上昇する危険性があります。そのため、シリンダーブロックの設計では、適切な冷却水の流速と流路設計が極めて重要になります。
水冷エンジンの冷却システムは、ラジエター、ウォーターポンプ、サーモスタット、冷却ファンなどで構成されています。エンジンが暖まるまでは、冷却水はエンジン内部のみで循環し、走り始めたばかりや暖気している間など、まだエンジンが冷えている時には逆にエンジンを暖めなくてはなりません。
参考)バイクの水冷エンジンやラジエーターの仕組みをわかりやすく解説…
サーモスタットは、冷却水の温度を見ながら、ラジエターに送る水量を調整している重要な部品です。始動後冷却水温が上昇するまでは、暖気を促進するためサーモスタットを閉じてエンジン内で冷却水を循環させ、設定温度(80℃前後)に達するとサーモスタットを開いてラジエターに循環させて冷却します。
ウォーターポンプは冷却水をエンジン各部に供給する板金や樹脂製の渦巻き型のポンプで、エンジンと連動しているので回転が上がるほど流量が増え、冷却性能が向上します。冷却ファンは、ラジエターの後方に設置され、走行風による冷却が期待できない低速やアイドル時また外気が高温の場合に回転してラジエターを冷却します。
つまり、冷却水がエンジンで熱を吸って、ラジエーターで放熱しながら、常にぐるぐると循環していると言うことです。このシステムにより、エンジンは常に最適な温度で運転できるようになっています。
参考)https://www.goobike.com/magazine/maintenance/maintenance/57/
シリンダーブロックには頑丈さが求められ、かつてのブロックは重い代わりに頑丈な鋳鉄(ちゅうてつ)が大半を占めていました。鋳鉄とは、型に加熱して溶かした鉄を流し込んで作った素材のことを指します。
近年では車両重量の軽量化や衝突安全性などから、アルミ合金製へのシフトが進んでいます。アルミ製のシリンダーブロックは軽量で冷却効率が良いというメリットがあります。しかし、アルミ合金製の場合、シリンダーの摩耗防止のために鉄製のシリンダーライナーを挿入するか、シリンダー内壁にメッキ加工を施すことが一般的です。
ウォータージャケットの材質には熱伝導率の高いアルミニウム合金などが用いられており、効率的な熱伝達を実現しています。アルミニウム合金は軽量でありながら、熱を素早く伝える特性を持つため、エンジンの冷却システムに最適な素材として採用されています。
参考)AC2Bアルミニウム合金溶湯の水素溶解度および真空脱水素処理
一方で、アルミ製シリンダーブロックのウォータージャケット内部は、時間の経過とともに錆や汚れが蓄積することがあります。鋳鉄シリンダーは錆びてヘドロ化すると、ラジエーターを詰まらせたり、オーバーヒートの原因になることもあります。そのため、定期的なメンテナンスが重要です。
参考)シリンダーブロック、ウォータージャケット洗浄(トヨタ カロー…
youtube
シリンダーブロックのウォータージャケット内では、場所によって異なる温度管理が必要になります。ウォータージャケットスペーサーという部品は、シリンダーブロックのウォータージャケット部に直接挿入して使用され、シリンダー高さ別に保温と冷却の異なる効果を発揮することでボア壁温の均一化を図ります。
参考)https://www.nichias.co.jp/cms/nichias/pdf/report/2016/373_02.pdf
この技術により、理想的な温度分布を実現し、シリンダーブロック下部の方はそれほど冷やす必要がない部分では保温効果を発揮する一方、上部の冷却が促進されます。シリンダー温度分布の均一化は、シリンダー熱歪を均一化し、フリクションロスを低減して高出力化につながります。
参考)ウォータージャケットスぺーサーとは(^^♪|Garage K…
エンジン燃焼におけるシリンダボア壁温分布の最適化は、シリンダボアの冷却最適化やシリンダブロックへのサーモスタット設置による低水温時の暖機必要箇所の冷却停止などが採用されています。これらの設計諸元の決定には、熱伝導解析や流体解析などの高度な技術が用いられています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/qes/24/6/24_40/_pdf/-char/ja
また、最新のバイクエンジンでは、バイパスホースレスで軽量化を実現し、シリンダー温度分布を均一化する構造も開発されています。従来はエンジン外部に存在したバイパスホースを廃止することで、レイアウトの自由度向上と軽量化も達成されています。
ウォータージャケット内部の洗浄は、エンジンのオーバーヒートを防ぐために重要なメンテナンスです。ラジエターのサビだけでなく、水あかも簡単に除去できる専用のクリーナーを使用することで、ラジエター本体だけでなくエンジンブロック、ヒーターコアまで同時に洗浄できます。youtube
参考)ラジエターの洗浄効果ならどこにも負けない自信あり!|ライズオ…
洗浄作業では、水温60℃以上95℃以下を保つことが推奨されており、濃度と水温が高いほど洗浄力は高くなります。洗浄時間は汚れ具合に合わせて30分から2時間程度とされていますが、汚れが激しい場合はより長い時間をかけることもあります。
オーバーヒートは、エンジンによる発熱量が冷却水または走行風による放熱量を上回った時に、冷却水温度が設定温度を超えて沸騰したり、エンジンの温度が許容温度を超えてしまう現象です。水冷エンジンのオーバーヒートは、冷却水不足やラジエター、ウォーターポンプ、冷却ファンの作動不良が主要な原因となります。
参考)エンジンがオーバーヒートする原因とは?知っておきたい症状や対…
ラジエターの故障、冷却用ファンの故障、ウォーターポンプの劣化による冷却水漏れ、サーモスタットの故障など、冷却システムの各部に劣化や故障がある場合は、正しく冷却が行われずオーバーヒートの原因につながることがあります。定期的な点検とメンテナンスにより、これらのトラブルを未然に防ぐことができます。
参考)https://www.goobike.com/magazine/maintenance/maintenance/556/