

水トリーは、高圧電力ケーブル(CVケーブル)の絶縁体である架橋ポリエチレンに、水と交流電界の影響で小さな亀裂が発生し、それが木の枝のように進行していく現象です。この現象により、ケーブル内部に0.1~1マイクロメートルの無数の水滴の集合体が形成され、周辺の絶縁体と比較して導電性が著しく高くなります。
参考)水トリーとは?発生原因や対策方法|松定プレシジョン
高圧ケーブルは、自家用電気工作物において電力会社から送られる高電圧の電気を引き込むために不可欠な設備です。通常、6600Vなどの高電圧を扱うため、水トリーによる絶縁性能の低下は極めて深刻な問題となります。
参考)高圧ケーブルの交換時期の目安について
水トリーが発生する主な要因は次の3つです。第一に、製造過程で混入した異物や気泡、またはケーブルの外傷や繰り返し応力による隙間の存在です。第二に、ケーブルが水に浸っている状態で絶縁層内に水滴が発生しやすくなる環境です。第三に、回路の開閉サージや雷サージなど、系統に発生する異常電圧による電界の影響です。
これらの要因が複合的に作用することで、絶縁体の中に発生した隙間に水気や電界が影響を及ぼし、部分放電(コロナ放電)が繰り返されることで絶縁体が侵食されていきます。
水トリー現象は、発生場所によって3つの主要なタイプに分類されます。それぞれの特徴を理解することは、適切な対策を講じるうえで重要です。
内導水トリーは、ケーブル内部の導体と絶縁部の間にある半導電層に最初に発生します。そこに生じた突起から外部の絶縁部に向かって侵食が進み、内部の半導電層から木が生えるように枝分かれしながら成長していきます。このタイプは特にケーブルの絶縁性能を大きく低下させる原因となります。
参考)高圧ケーブルの水トリー現象とその対策
外導水トリーは、ケーブルの外部半導電層に発生し、その突起から内部の絶縁部に向かって侵食していく特徴があります。近年、製造から15年未満の高圧ケーブルに絶縁劣化が発生している主な原因として、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)等による調査の結果、この外導水トリーによるものと確認されています。
参考)https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/oshirase/2025/06/20250627.pdf
ボウタイ状水トリーは、絶縁物中の一点から複数の方向に向かって亀裂が進んでいく様子が蝶ネクタイのような形状を呈することから名付けられました。このタイプの発生原因は、絶縁部である架橋ポリエチレンの製造過程で生じる微小な隙間(ボイド)や異物の混入で、そこから侵食が始まります。
内導水トリーと外導水トリーは、半導電層のわずかな突起物が起点となって発生し、特に半導電層に導電性テープを用いた場合に発生頻度が高くなります。これは導電性テープを構成する布のけば立ちなどが原因です。
水トリーは目視では確認できないため、専門的な診断技術が必要です。主な検査方法として、直流漏れ電流法と交流重畳法があります。
直流漏れ電流法は、ケーブル絶縁体に高電圧(通常10000V程度)を印加し、検出される漏れ電流の時間特性から水トリーの有無を判定する方法です。この方法では、階段状の電圧印加法により、測定中の絶縁破壊を防ぎながら安全に測定できます。測定時に「キック現象」と呼ばれる電流の急激な増加が見られた場合は、水トリー劣化の兆候として作業を中断する必要があります。
参考)https://www.kfen.co.jp/wp-content/uploads/2022/07/%E9%AB%98%E5%9C%A7CV%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%99%E3%83%AB%E7%B2%BE%E5%AF%86%E8%A8%BA%E6%96%AD%E8%B3%87%E6%96%99.pdf
交流重畳法は、高圧ケーブルの遮蔽層接地線に商用周波数の2倍+1Hz(50Vの電圧、101Hzまたは121Hz)を重畳し、水トリー劣化部に流れる1Hzの微小電流(劣化信号)を測定する方法です。この方法の大きな利点は、活線状態で測定できるため、停電の必要がなく、高圧活線作業が伴わず安全に実施できることです。また、局部的な水トリー劣化の検出が可能で、ノイズの影響が小さいという特徴があります。
参考)ケーブル劣化診断
劣化診断では、遮蔽層抵抗測定とシース絶縁抵抗測定も重要です。遮蔽層抵抗測定では、ケーブルの遮蔽銅テープの破断や腐食を検出でき、シース絶縁抵抗測定では、シース損傷や水分が存在する環境に布設されていないかを確認できます。
これらの診断は定期的に実施することが推奨されており、劣化の兆候が確認された場合は、更新推奨時期に満たなくても速やかにケーブルを更新する必要があります。
高圧ケーブルには、外部半導電層の構造によりE-EタイプとE-Tタイプの2種類があり、水トリー対策として重要な選択肢となります。
参考)https://www.hst-cable.co.jp/tech_info/pdf/C-19016.pdf
E-Eタイプ(押出式外部半導電層)は、内部半導電層、絶縁体、外部半導電層の3層を同時押出法により製造します。この製法により、絶縁体との界面が平滑になり、異物の混入を防ぐことができるため、耐水トリー性能が極めて優れています。電力会社や鉄道会社では1983年頃からE-Eタイプの使用が始まり、現在では主流となっています。JEAC 8011(高圧受電設備規程)2014年版では、波及事故防止のためE-Eタイプの使用が推奨されています。
参考)水トリー対策品 6600V(EE) CV/CVTケーブル
一方、E-Tタイプ(テープ式外部半導電層)は、外部半導電層に導電性テープを用いる従来型の構造です。一般民需向けの使用実績が多数あり、高圧ケーブルとして十分な特性を有していますが、導電性テープを構成する布のけば立ちなどが原因で、E-Eタイプに比べて水トリーが発生しやすい傾向があります。
参考)高圧CVケーブルのE-Eタイプとは?? href="https://webplus.happy-denki.co.jp/useful/ee-et/" target="_blank">https://webplus.happy-denki.co.jp/useful/ee-et/amp;#8211; ウェ…
端末処理性では、E-Tタイプの方が外導部の除去が容易という利点がありますが、E-Eタイプ用の外導除去治具も販売されており、作業性の問題は解消されつつあります。
経済産業省は、水の影響がある敷設環境では、品質に関する説明を踏まえてE-Eタイプの選択を推奨しており、特にケーブルが水に浸かる状況で使用される場合にはE-Eタイプが強く推奨されています。2025年6月には、住友電工ハイテック社がE-Tタイプの在庫を廃止し、E-Eタイプに一本化するという業界の動きも見られます。
参考)住電HST、在庫廃止 高圧ケーブルETタイプ EEに一本化
| 項目 | E-Tタイプ | E-Eタイプ |
|---|---|---|
| 耐水トリー性 | ○ | ◎ |
| 端末処理性 | ◎(除去が容易) | ○(専用治具あり) |
| 主な使用者 | 一般需要向け | 電力会社・鉄道会社 |
| 推奨環境 | 水の影響が少ない環境 | 水の影響がある環境 |
高圧ケーブルの更新推奨時期は、一般的に屋外で使用する場合は15年~20年程度、屋内で使用する場合(水と接触しない状態)は20年~30年程度とされています。しかし、近年の事故状況では、製造から15年未満の高圧ケーブルが絶縁破壊を起こす波及事故が増加傾向にあることが明らかになっています。
参考)高圧ケーブル交換工事|関東一帯のキュービクル交換工事・高圧電…
令和元年度から令和5年度までの統計では、自家用電気工作物設置事業場における高圧ケーブル絶縁劣化起因の波及事故のうち、15年未満のケーブルの割合が増加し続けています。これは主に外導水トリーによる絶縁劣化が原因であり、特に水の影響がある敷設環境に設置された比較的新しい高圧ケーブルで発生しています。
参考)https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/oshirase/2023/12/20231201-1.html
実務における具体的な対策として、以下の点が重要です。第一に、埋設ケーブルの場合、ハンドホールに水が溜まっていないか定期的に確認し、必要に応じてポンプで排出することです。水トリーが起こる現場のほとんどが埋設ケーブルで、地下水が配管内に浸入することで外層から内部へと水が少しずつ入り込むことが原因となります。
第二に、高圧絶縁測定を実施する際には、電圧の上昇を急激に行わないよう注意し、キック現象が見られたらその電圧で作業を中断することです。実際の事例では、2017年製のケーブルで5000V印加時には100ギガオームだったものが、10000V印加時に2ギガオームまで低下したケースが報告されており、昇圧時にケーブル絶縁体内でわずかに内導水トリーが発生したものと考えられています。
第三に、更新推奨時期に満たないケーブルであっても、劣化の兆候が確認された場合は速やかに更新することです。絶縁破壊事故が発生すると高圧地絡に発展し、設備全域の停電や周辺地域まで巻き込んだ大規模停電につながる可能性があり、損害賠償を求められるケースもあります。
また、新規設置や更新時には、敷設環境を十分に確認し、水の影響がある場合には必ずE-Eタイプのケーブルを選択することが事故防止の鍵となります。
経済産業省による水トリー現象に関する最新の注意喚起資料(令和7年6月発行)では、波及事故の増加傾向と対策が詳しく説明されています。
フジクラ・ダイヤケーブルの高圧ケーブル診断サービスでは、活線状態での絶縁診断装置や不良箇所特定装置について、実際の測定事例とともに解説されています。
松定プレシジョンの技術解説では、水トリーの発生原因から検査方法まで、図解入りで分かりやすく説明されており、基礎知識の習得に役立ちます。