
Melling MR-929 ロッカーアーム
ロッカーアームはバイクエンジンの動弁機構において、カムシャフトの回転運動をバルブの開閉動作に変換する重要な部品です。形状と支点位置の違いにより「シーソー式」と「スイングアーム式」の2種類に大別されます。シーソー式は支点が中間にあり両端に力点と作用点を持つ第1種てこで、カムからの入力を支点に対して点対称方向へ出力します。一方スイングアーム式は支点が端にあり、力点が中間、もう一方の端が作用点となる第2種または第3種てこの構造で、入力とほぼ同じ方向へ力を伝達します。
参考)ロッカーアーム - Wikipedia
シーソー式ロッカーアームはOHVエンジンのほぼすべてとSOHCエンジンの多くで採用されており、一般的にロッカーアームといえばこの方式を指すことが多い標準的な構造です。最大の利点はてこ比(ロッカーアームレシオ)を大きく設定しやすいため、カム山高さに倍率をかけてバルブリフト量を増やせる点にあります。ロッカーアームレシオは支点から接点までの距離を1として、1.4レシオ、1.6レシオなどと表記され、バルブスプリングの反力を直接カムが受ける直打式に比べて、カムシャフトの回転抵抗が少なくなるという利点も持ちます。ただし全長が長くなりやすくたわみが発生しやすい点や、バルブ挟み角が大きくなりやすいため燃焼室や吸排気ポートの形状に制約が掛かる点が欠点として挙げられます。
参考)ロッカーアームとは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
スイングアーム式ロッカーアームはSOHCの一部とDOHCの一部で採用され、てこ比をシーソー式ほど大きく設定しにくいためバルブリフト量増加の効果は低いものの、その分ロッカーアームのたわみ量を少なくできる特徴があります。構造上ヘッドカバーがやや高くなりますが、直打式よりも狭角化を行いやすいため、直打式からロッカーアームに変更することで狭角化を実現するエンジンも存在します。カムから入力された力がほぼ同じ方向へ出力される基本原理により、コンパクトな設計が可能となり、高回転域での動弁系の追従性向上にも貢献します。
参考)ロッカーアームと直打、果たしてどこで何をしているものなのか
ローラーロッカーアームはカムシャフトとの接触面にニードルベアリング内蔵のローラーを備えた高性能タイプで、カムシャフトへの摺動抵抗を大幅に低減する機構です。一般的にロッカーアーム部分の摺動抵抗を約40~60%低減すると言われており、エンジンのパワーロスを最小限に抑えて全域で滑らかな出力特性を実現します。ローラーがカム山を越えるとカムシャフトを回転方向に押し出す力が自然発生し、通常のロッカーアームよりも遥かに軽い力でカムシャフトが回転する特徴を持ちます。ヤマハの設計では独自のニードルローラーベアリングを採用し、スリッパー部を常に回転運動させることでカムとの摺動抵抗を低減し高い信頼性を確保しています。スリッパー式ロッカーアームでは純すべり接触となり潤滑が不利ですが、ローラーロッカーアームでは転がり接触が主体となるため直打式よりも潤滑面で有利となり、近年採用が増えている理由となっています。
参考)内燃機関超基礎講座
ロッカーアームは硬く靭性の大きな鋼の鍛造品で造られる場合が多く、カムやバルブとの接触面には耐摩耗性に優れた特殊合金を接合したり、窒化クロムなどの硬質めっき処理を施して耐摩耗性向上や摺動抵抗低減を図ります。材質には合金鋼SCM材が使用され、冷間鍛造から機械加工、熱処理(焼入焼戻)、表面処理(りん酸マンガン)という工程で製造されます。ホンダのVTECロッカーアームでは当初鉄製でしたが、動弁系の軽量化を狙ってアルミ製へ移行し、現在ではアルミ製が主流となっています。専用の高性能アルミニウム材は不純物が少なく強度に優れ、約700℃で溶解して加圧鋳造され、熱処理で強度を高めた後にショットブラスト加工や精密な機械加工が施されます。自動車業界では強力で軽量な素材が求められるため、チタン製ロッカーアームの採用も増えており、腐食抵抗を増加させ体重を減らし燃料効率を改善する効果があります。
参考)潜入!「VTECロッカーアーム製造工場」|Honda
ホンダ公式サイト - VTECロッカーアーム製造工場の詳細
VTECロッカーアームの鋳造から加工、組立までの製造プロセスを写真と映像で解説しています。
ロッカーアームのメンテナンスにはバルブクリアランス調整が不可欠で、タペットアジャストスクリューやタペットシム、ラッシュアジャスター(オイルタペット)といった機構を使用して適正なバルブクリアランスを維持します。冷間時(エンジンが温まっていない状態)での調整が基本で、シックネスゲージをタペットアジャストスクリューとバルブの頭の間に差し込み、アジャストドライバーで一箇所ずつ隙間を規定値に調整します。ロッカーアームのスラスト方向(軸に沿った方向)のガタも重要で、最小0.05ミリ、最大0.4ミリの範囲で調整し、ガタが大きすぎると振動の原因となり、少なすぎると摩耗や焼き付きの原因となるため注意が必要です。クリアランスを詰める(狭くする)とバルブリフト量が増え、エンジンの燃焼室に取り入れられる混合気や燃焼ガスの量が増加しますが、詰めすぎるとカムのベースサークルでもバルブがリフトした状態となり圧縮が抜けてしまいます。
参考)シリンダーヘッドOH後の調整 : ぷんとの業務日報2ndGe…
ロッカーアームの故障や異常は、エンジンからの異音、パワーの喪失、ラフなアイドリングといった症状として現れます。カムシャフトとロッカーアームの接触部に傷が発生したり、カム山が減少すると出力減少につながるため、定期的な点検が重要です。限界まで摩耗したロッカーアームでは、規定値に調整しても音が収まらないケースがあり、そのような場合はヘッドカバーを開けて摩耗状態を確認する必要があります。ロッカーアームが外れたり折れたりする深刻な故障では、エンジンの分解修理が必要となり、ロッカーアームシャフトやブッシュの打ち替えも検討すべきメンテナンス項目です。エンジンメンテナンスサイクルとして20時間毎にバルブクリアランス調整とロッカーアームピンの点検を行うことが推奨されており、多少の隙間ガタの確認も重要なチェックポイントとなります。
参考)https://ameblo.jp/komomonage/entry-12684339601.html
Weblio辞書 - ロッカーアームの詳細解説
ロッカーアームの各方式の構造や動作原理、レシオの概念について詳しく解説されています。
直打式とロッカーアーム式の性能比較では、ロッカーアーム式の方がバルブクリアランス調整が楽になるメリットがあります。直打式ではバルブクリアランス調整に極端な設計の場合ヘッドを全部分解する必要がありますが、ロッカーアーム式では比較的容易にアクセスできます。フィンガーフォロワーロッカーアームは最新のスーパースポーツ車に採用される高性能タイプで、バルブの運動質量を軽量化し高回転化に有利な特性を持ちます。コンケーブカム(凹面)シャフトを使用でき、バルブリフトを拡大できる4つのメリットがあり、カワサキNinja ZX-10Rなどに採用されています。デスモドロミック方式のように、バルブを閉じる役割もロッカーアームで行う特殊な例も存在し、ドゥカティエンジンではオープニングロッカーアームとクロージングロッカーアームの2種類を使用してバルブを強制的に開閉する独自の機構を採用しています。
参考)歴史あるドゥカティエンジンの中身【デスモドロミック】