

六フッ化硫黄(SF6)は、京都議定書で削減対象に指定された温室効果ガスの中でも、特に強力な温暖化効果を持つ物質です。地球温暖化係数(GWP)は、温室効果ガスが地球温暖化に与える影響を二酸化炭素を基準として相対的に表す指標で、100年間の影響を評価する際の値が一般的に使用されています。六フッ化硫黄の地球温暖化係数は、IPCC第4次報告書によると22,800から23,900とされており、これは同じ重量の二酸化炭素と比較して約2万倍以上の温室効果を持つことを意味します。
参考)https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=viewamp;ecoword=%EF%BF%BD%CF%B5%E5%B2%B9%EF%BF%BD%C8%B2%EF%BF%BD%EF%BF%BD%EF%BF%BD%EF%BF%BD%EF%BF%BD
この数値は、他の温室効果ガスと比較しても群を抜いて高く、メタン(CH4)の25倍や一酸化二窒素(N2O)の298倍を大きく上回ります。さらに、フロン類の中でも六フッ化硫黄は最も強力な温室効果を持つガスとして位置づけられています。この極めて高い温暖化係数により、たとえ少量の排出であっても長期的には地球温暖化に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。
参考)GWP(地球温暖化係数)とは? 中小企業が知るべき地球温暖化…
六フッ化硫黄は無色、無臭、不燃性で化学的に非常に安定した気体であり、この安定性が大気中での超長寿命につながっています。大気中での寿命は約3,200年と推定されており、一度大気中に放出されると数千年にわたって温室効果を発揮し続けることになります。このため、1960年代から使用が始まった六フッ化硫黄の累積排出量が、現在の地球温暖化の一因となっているのです。
参考)https://www.tokyokankyo.jp/kankyoken_contents/report-news/2003/chikyu2.pdf
六フッ化硫黄は1960年代から電力用機器の絶縁媒体として広く使用されてきました。その理由は、空気や窒素の約2.5倍という優れた電気絶縁能力と、空気の約100倍にも達する消弧能力を持つためです。ガス絶縁開閉装置(GIS)、ガス遮断機、ガス絶縁変圧器などの電力用設備に内蔵され、電力会社、鉄道事業者、工場等の変電所で使用されています。
参考)六フッ化硫黄ガスが漏れると、人体にどのような害がありますか?…
六フッ化硫黄ガスを使用した電力機器は、従来の油絶縁機器に比べて小型化が可能で、変電所の省スペース化に大きく貢献してきました。特に都市部において限られた敷地面積で大容量の電力を扱うために、六フッ化硫黄を使用したガス絶縁機器は不可欠な存在となっています。また、不燃性、不活性、無色、無臭などの特徴を持ち、化学的に安定した気体であることから、安全性の面でも優れた特性を持っています。
参考)《電力》〈電気材料〉[R4上:問14]電力用設備に使用される…
しかし、その優れた絶縁性能とは裏腹に、極めて高い温室効果が問題視されるようになりました。1997年の気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で六フッ化硫黄は排出削減対象ガスに指定され、以降、排出量および使用量の抑制が求められてきました。日本国内でも、電力会社を中心に六フッ化硫黄ガスを使用しない機器(SF6ガスレス機器)の採用が進められています。
参考)2050年カーボンニュートラルの実現に向けたSF6ガスを使用…
マグネシウム産業におけるSF6削減の取り組み - 産業界での代替ガス開発の最新情報が掲載されています
バイクライダーにとって、車両の軽量化は操縦性能や燃費向上に直結する重要な要素です。この軽量化を実現する素材として注目されているのがマグネシウム合金であり、その製造過程で六フッ化硫黄が重要な役割を果たしています。マグネシウムは実用金属の中で最も軽く、比重が1.8とアルミニウムの約3分の2しかありません。自動車では155kgのマグネシウムを追加使用することで約200kgの軽量化を実現し、100kgの軽量化で燃費を約1km/l改善できるという実例が報告されています。
参考)http://magnesium.or.jp/_wp/wp-content/uploads/2013/12/sf6.pdf
マグネシウム合金は、その軽量性に加えて高い比強度、優れた振動吸収性を持つため、バイクのフレームやエンジン部品、ホイールなどへの適用が期待されています。しかし、溶融マグネシウム(溶湯)は空気に触れると酸化し、発火・燃焼する性質があるため、溶解工程で溶湯表面と空気を遮断する保護ガスが必要となります。かつては硫黄やフラックス、濃厚な亜硫酸ガス(SO2)が使用されていましたが、操業現場や作業者への害を考慮して、1970年頃から六フッ化硫黄ガスが主流となりました。
参考)https://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/chart/fkagaku20.pdf
六フッ化硫黄ガスは低濃度で空気と混合して使用され、マグネシウム溶湯表面にMgSO4(硫酸マグネシウム)の保護膜を形成し、過度の酸化と燃焼を防ぐ役割を果たします。この保護機能により、マグネシウム合金の安全で効率的な製造が可能になっているのです。つまり、バイクの軽量化に貢献するマグネシウム部品は、その製造過程で高い温暖化係数を持つ六フッ化硫黄に依存しているという、環境面での矛盾を抱えているのです。
参考)http://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000171621.pdf
六フッ化硫黄の高い温暖化係数が問題視される中、代替技術の開発が国内外で進められています。電力機器分野では、日立エナジーが世界初の550kVのSF6ガスフリー遮断器を開発し、従来のSF6ガスに代わる絶縁ガスの実用化に成功しています。このEconiQシリーズは、SF6ガスを使用しないため極めて高い環境効率を誇り、送配電機器が排出する世界全体のSF6ガス排出量の80%削減に貢献する可能性があります。
参考)日立エナジーがSF6ガスフリーの550kV遮断器と420kV…
日本国内でも、中部電力パワーグリッドが77kV以下のガス絶縁開閉装置および275kV以上の単体遮断器にSF6ガスレス機器を採用する方針を決定し、2024年には275kV以上の単体遮断器への採用が国内初となりました。東京電力パワーグリッドも、自然由来のガスを絶縁媒体に使用するSF6フリー変圧器の2026年中の初号機導入を目指しています。これらの取り組みにより、電力設備からのSF6排出量の大幅な削減が期待されています。
参考)SF6ガス代替技術への移行に向けたロードマップ
マグネシウム合金製造分野では、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトにより、SF6と同等の防燃効果を持つ代替ガスとして、OHFC-1234zeおよびCF3Iが開発されました。これらの代替ガスは、地球温暖化係数がSF6の1000分の1以下であり、普及すれば京都議定書の目標達成計画で約600万トンのCO2削減効果が見込まれています。また、マグネシウム中へのカルシウム添加による不燃マグネシウム合金の実用化研究も進められており、SF6ガスを使用しない製造プロセスの実現に向けた取り組みが活発化しています。
参考)https://www.env.go.jp/council/06earth/y060-44/mat03.pdf
SF6ガス代替技術への移行に向けたロードマップ - 日本電機工業会による業界全体のロードマップが確認できます
1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)において、六フッ化硫黄は二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)とともに、削減対象となる6種類の温室効果ガスの一つとして指定されました。京都議定書では、これらの温室効果ガスについて、先進国全体で2008年から2012年の第一約束期間に1990年比で少なくとも5%削減することが合意されました。
参考)https://www.env.go.jp/content/900525835.pdf
日本における六フッ化硫黄の排出量は、基準年である1995年度と比較して大幅に減少してきました。2000年度の排出量は570万トン(CO2換算)で、基準年比65.7%の減少を達成しています。この削減は主に電力機器製造業界における使用量削減と回収技術の向上によるものです。2023年度の排出量は210万トン(CO2換算)となり、2013年比で11.8%減少しています。
参考)https://www8.cao.go.jp/cstp/project/warming/pj2/pj2_sanko2.pdf
しかし、課題も残されています。2005年4月に閣議決定された「京都議定書目標達成計画」では、代替フロン3ガス(HFCs、PFCs、SF6)分野の2010年前後の排出目標値を基準年比+0.1%とすることが掲げられました。フロンから代替フロンへの転換が進む冷凍空調機器分野や断熱・発泡剤分野では、HFCs排出量の増加傾向が明確化しており、今後も注意深い監視が必要とされています。六フッ化硫黄については、電力供給に欠かせない物質であり代替物質の開発・実用化が遅れているため、他のフロン類の規制による排出低減が進む中でも、大気中の濃度増加が続いているのが現状です。
参考)六ふっ化硫黄(SF₆/sulfur hexafluoride…
バイクの軽量化と環境保護を両立させるためには、ライダー自身が素材選択と製造プロセスへの理解を深めることが重要です。マグネシウム合金は優れた軽量化素材ですが、その製造過程で使用される六フッ化硫黄の環境負荷を認識した上で、代替技術を採用した製品を選ぶことが一つの解決策となります。現在、SF6を使用しない不燃マグネシウム合金や、低温暖化係数の代替ガスを使用した製造プロセスで作られた部品も市場に登場し始めています。
参考)https://www.aist.go.jp/pdf/aist_j/synthesiology/vol02_02/vol02_02_p127_p136.pdf
また、バイクの軽量化は単に素材の置き換えだけでなく、設計の最適化によっても実現可能です。アルミニウム合金やチタン合金など、マグネシウムほど製造過程での環境負荷が高くない素材でも、適切な設計により十分な軽量化効果を得ることができます。特にアルミニウムはマグネシウムの約1.5倍の比重ですが、加工性や耐食性に優れており、トータルでのライフサイクルコストを考慮すると環境負荷の低い選択肢となることもあります。
参考)https://www.mdpi.com/2076-3417/11/15/6861/pdf?version=1627298833
ライダーとしてできる具体的なアクションとしては、以下のような取り組みが挙げられます。
バイクの軽量化による燃費改善効果は、車体重量100kgの軽量化で約1km/lの改善が見込まれるという試算もあり、走行段階でのCO2削減効果は決して無視できません。製造段階での環境負荷と使用段階での環境負荷をトータルで評価し、ライフサイクル全体での環境影響を最小化する視点が、これからのバイクライダーには求められています。さらに、業界全体での代替技術開発を後押しするため、環境配慮型製品への需要を高めることも、ライダーとして重要な役割となるでしょう。