

トラックレース バイク、特に「フラットトラック(ダートトラック)」と呼ばれる競技は、アメリカを発祥とするモータースポーツの原点とも言える存在です。舗装されていない土の路面(ダート)で作られた楕円形(オーバル)のコースを、反時計回り(左回り)に周回して速さを競います。この競技の最大の特徴は、シンプルながらも極めて奥深いルールと車両規定にあります。
まず、トラックレースで使用されるバイクには、基本的に「フロントブレーキ」が装着されていません。これは、レース中に密集した状態でコーナリングを行う際、誤ってフロントブレーキを使用することによる転倒や多重クラッシュを防ぐためです。減速はリアブレーキの使用と、エンジンの回転数を調整するスロットルワーク、そして車体を横滑りさせる「スライド」による抵抗を利用して行います。この「ブレーキレス」という制約が、ライダーに対して極めて繊細なマシンコントロールを要求し、観る者を魅了するスリリングな展開を生み出します。
また、コースが「左回り」のみであるため、ライダーの装備にも独特な特徴が見られます。左足のブーツ底には「鉄ゲタ(ホットシュー)」と呼ばれる鉄製のスリッパーを装着し、コーナリング中に左足を路面に滑らせながら車体のバランスを取ります。この鉄の靴底が土の上を滑る感覚は、他のバイク競技では味わえない独特の操作感をもたらします。
競技のクラス分けも細かく設定されており、排気量やライダーの技量、市販車ベースか競技専用車かによってカテゴリーが分かれています。初心者向けのクラスでは、小排気量のミニバイクを使用することも多く、速度域が比較的低いため、バイクの挙動を学ぶのに最適です。一方で、最高峰のクラスでは750cc以上の大排気量マシンが猛スピードでコーナーに突っ込み、激しいスライド合戦を繰り広げます。
インディアンモーターサイクルのフラットトラックでの実績とレース詳細について
インディアンモーターサイクルがフラットトラックレースで圧倒的な強さを誇り、8連覇を達成した背景や、競技専用モデルFTR750の活躍について詳しく紹介されています。
参考)8連覇を達成!インディアンがアメリカン フラットトラック選手…
トラックレース バイクのカスタムは、単なるドレスアップではなく、オーバルコースを速く走るための機能美の追求です。市販のオフロードバイクやストリートバイクをベースにする場合でも、フラットトラック専用の仕様に変更する必要があります。最も象徴的なのが、前述したフロントブレーキの取り外しですが、それ以外にも多くの変更点があります。
まず重要となるのが「タイヤ」の選択です。トラックレースでは、ダート路面でのグリップとスライドのバランスを最適化するために、専用の「ダートトラックタイヤ(Class Cタイヤ)」を使用します。このタイヤは、ブロックパターンではなく、溝の深い独特のトレッドパターンを持っており、土を噛む力と横に逃げる力のバランスが絶妙に設計されています。また、ホイールサイズは前後とも19インチが主流となっており、これは路面のギャップ走破性と旋回性のバランスが取れたサイズとされています。
サスペンションのセッティングも独自の世界です。モトクロスのように大きなジャンプがないため、サスペンションは比較的硬めで、車高を低く設定(ローダウン)することが一般的です。重心を低くすることで、コーナリング時の安定性を高め、高速でのスライドコントロールを容易にします。ハンドルバーは幅広で手前に引かれた形状のものが好まれ、これによりライダーは車体を押さえつけやすく、微妙なステアリング操作が可能になります。
さらに、エンジンの吸排気系もカスタムの対象です。砂埃の多い環境で走るため、エアクリーナーには防塵性能の高いものが求められます。マフラーは、転倒時に破損しにくい取り回しや、高回転域でのパワー特性を重視したものが選ばれます。外装に関しては、競技中の接触による破損を防ぐため、ウインカーやミラー、ヘッドライトなどの保安部品はすべて取り外され、代わりにゼッケンプレートが装着されます。このように、無駄を削ぎ落とし、走る機能に特化した姿こそが、トラックレース バイクの最大の魅力と言えるでしょう。
フラットトラック体験における初心者の感想と車両の特徴について
初心者が実際にフラットトラックを体験した際のレポート記事で、エンジンの始動から乗車位置、スクールでの具体的な指導内容まで、未経験者が知りたい情報が詳細に記されています。
参考)フラットダート体験 滑るのは当たり前!?初心者の感想|おバイ…
トラックレース バイクを操る上で最もエキサイティングかつ難易度が高いのが、スライド走法です。これは、コーナリング中にリアタイヤを意図的に横滑りさせ、車体の向きを出口方向へ素早く変える技術です。舗装路でのグリップ走行とは全く異なるこの技術は、恐怖心を克服し、マシンの挙動を完全に支配下に置くことで初めて成立します。
スライドのきっかけ作りにはいくつかの方法があります。コーナー進入時にスロットルを戻し(あるいはリアブレーキを使い)、急激な荷重移動によってリアタイヤのグリップを抜く方法や、パワーのあるマシンであれば、スロットルを大きく開けることでリアタイヤを空転させてスライドを誘発する方法(パワースライド)があります。いずれの場合も、重要なのは「逆ハンドル(カウンターステア)」の操作です。
車体が左に傾き、リアが右側に流れ出すと、通常であれば転倒してしまいます。しかし、ライダーは瞬時にハンドルを右(コーナーの外側)に切ることでバランスを保ちます。この絶妙なバランス状態を維持したままコーナーを駆け抜ける感覚は、一度味わうと病みつきになる中毒性があります。
スライド中は、スロットルワークでスライド角を調整します。開ければスライド量が増え、閉じればグリップが回復する。このアナログな対話こそが、トラックレース バイクの醍醐味です。
また、スライド技術の習得は、視線の使い方が鍵を握ります。人間は恐怖を感じると近くの地面を見てしまいがちですが、スライド中は常に行きたい方向、つまりコーナーの出口や次のストレートを遠くに見据える必要があります。体が硬直し、視線が下がると、マシンの挙動についていけずハイサイド(急激なグリップ回復による転倒)を起こす原因となります。全身の力を抜き、バイクの動きに合わせて体を預ける柔軟性が求められます。
フラットトラックの遊び方とドリフト走行のメカニズム
小排気量のバイクやスクーターでも楽しめるフラットトラックの魅力や、スライド(ドリフト)走行を実現するための具体的な操作手順、タイヤ選びの重要性について解説されています。
参考)https://ameblo.jp/hrg13/entry-12883336167.html
「レース」や「スライド」と聞くと、敷居が高く感じるかもしれませんが、実はトラックレース バイクは初心者にこそおすすめしたいモータースポーツです。なぜなら、速度域が比較的低いダート路面では、タイヤが滑り出す限界点が低く、安全にマシンの挙動変化を体験できるからです。舗装路でタイヤが滑る瞬間は転倒の恐怖と隣り合わせですが、土の上であれば、ズリッと滑る感覚を余裕を持って感じ取ることができます。
日本国内でも、各地で「フラットトラック体験スクール」や「走行会」が開催されています。これらのイベントでは、レンタルバイクやレンタル装備が充実していることが多く、ヘルメットやグローブなどの基本的な装備さえあれば、手ぶらで参加できるケースも少なくありません。特に初心者向けのスクールでは、CRF100やFTR223といった扱いやすい小排気量車を使用し、パイロンを回る基礎練習からスタートするため、バイク免許を持っていれば誰でも安心して参加できます。
初心者が最初に学ぶのは、正しいライディングフォームです。トラックレースでは「リーンアウト」と呼ばれる、車体を寝かせつつ体は起こし気味にするフォームが基本となります。これは、スライド時に内側の足(鉄ゲタを履いた左足)を出してバランスを取りやすくするため、そして視界を広く保つために理にかなった姿勢です。インストラクターの指導のもと、低速で八の字走行などを繰り返し、タイヤが滑る感覚とそれをコントロールする楽しさを体に覚え込ませていきます。
また、初心者にとって嬉しいのは、転倒時のダメージが比較的少ないことです。路面が土であるため、アスファルトに比べて衝撃が柔らかく、マシンの損傷も軽微で済むことが多いです。もちろんプロテクターは必須ですが、「転んで覚える」ことができる環境は、ライディングスキルを飛躍的に向上させる最高の練習場と言えるでしょう。
平尾雄彦のフラットトラックライディングスクールFAQ
初心者が参加する際の推奨バイク(100cc~125ccのトレイル車)や、スクールでの具体的な流れ、レンタル車両の有無など、参加前に知っておくべき情報が網羅されています。
参考)よくあるご質問
トラックレース バイクで培った技術は、サーキットの中だけで完結するものではありません。実は、普段の公道走行においてこそ、その真価を発揮します。特に、雨の日やマンホール、砂利道などで予期せずタイヤが滑った際のリスク回避能力は、劇的に向上します。これは、検索上位の記事ではあまり語られない、トラックレース経験者ならではの視点です。
公道でバイクに乗っていると、突然のリアタイヤのスリップに遭遇することがあります。経験のないライダーは、この瞬間パニックになり、体が硬直したり、急ブレーキをかけたりして転倒してしまいます。しかし、トラックレース バイクで日常的に「滑る感覚」に慣れ親しんでいるライダーは、タイヤが滑り出した瞬間にそれを感知し、無意識に体が反応してバランスを修正することができます。いわゆる「腰で乗る」感覚が養われているため、バイクの挙動が乱れても冷静に対処できるのです。
さらに、オーバルコースでの周回練習は、視線誘導の重要性を再認識させてくれます。常にコーナーの先を見続ける訓練を積むことで、公道のワインディングロードでも自然と遠くを見ることができるようになり、スムーズで安全なコーナリングが可能になります。また、フロントブレーキを使わずに減速や荷重移動を行う練習は、丁寧なスロットルワークを身につけるのにも役立ちます。ラフなアクセル操作はスリップの原因になるため、トラックレース経験者は非常に繊細なアクセル操作を習得しており、これが雨天時の走行などで大きな安全マージンを生みます。
このように、トラックレース バイクは単なる競技車両ではなく、ライダーとしての「危機管理能力」と「操作の引き出し」を増やすための最高のトレーニングマシンでもあります。公道を安全に、かつ楽しく走り続けたいと願うすべてのライダーにとって、ダートでのスライド体験は、一生モノの財産となるはずです。泥にまみれて遊ぶ週末が、あなたのバイクライフをより豊かで安全なものに変えてくれるでしょう。