熱電発電とバイクの排熱で未来のエコなエネルギー回収

熱電発電とバイクの排熱で未来のエコなエネルギー回収

熱電発電×バイクの要点
🏍️
捨てていた熱を資源に

マフラーからの排熱を電気に変え、燃費向上とCO2削減を実現する技術です。

🔋
オルタネーターの負荷軽減

発電機(オルタネーター)の仕事を減らし、エンジンのパワーロスを防ぎます。

🛠️
DIYは高難易度

市販のペルチェ素子では耐熱性が足りず、本格的な排熱発電の自作は困難です。

熱電発電とバイク

ゼーベック効果と排熱回収の仕組み

バイクのエンジンから排出されるガスは、非常に高い温度を持っています。通常、この熱はマフラーを通じて大気中に捨てられてしまいますが、これを「資源」として再利用しようというのが熱電発電の基本的な考え方です。この技術の核となるのが「ゼーベック効果」と呼ばれる物理現象です 。

 

参考)http://www.solidphysics.co.jp/thermoprinciple.htm

ゼーベック効果とは、異なる2種類の金属や半導体を接合し、その両端に温度差を与えると電圧が発生する現象のことです。具体的には、熱電変換モジュール(TEG)と呼ばれる板状の部品を使用します。このモジュールの片面を高温のマフラー(排気管)に密着させ、もう片面を外気や冷却水で冷やすことで、モジュールの裏表に強力な「温度差」を作り出します。すると、モジュール内部のN型半導体では電子が、P型半導体では正孔(ホール)が、それぞれ高温側から低温側へと移動し始めます。この電荷の移動が電流となり、電力として取り出すことができるのです 。

 

参考)熱電発電技術の基礎とモジュールの開発および応用例

バイクにおいては、エンジン始動中は常に高温の排気が供給され、走行風によって冷却も行いやすいため、理論上は非常に相性の良いシステムと言えます。これまで「捨てるしかなかった熱」を、バッテリーの充電や電装品の駆動に使える電気エネルギーへと直接変換できるため、エネルギー変換効率を底上げする画期的な排熱回収システムとして期待されています。特に、駆動部分がないため、騒音や振動が発生しないという点も、静粛性を求められる次世代のモビリティにおいて大きなメリットとなります 。

 

参考)https://www.digikey.jp/ja/articles/thermoelectric-generators-basics

ヤマハも注目する燃費向上とCO2削減

日本のバイクメーカーの中でも、特にこの熱電発電技術に積極的に取り組んでいるのがヤマハ発動機です。ヤマハは、自動車やバイクの排気管に装着できる高性能な熱電発電モジュール「YGPX024」を開発し、実証実験を行っています。このモジュールは、排気ガスの熱エネルギーを回収し、電気として再利用することで、車両全体のエネルギー効率を高めることを目的としています 。

 

参考)熱電発電による自動車のCO2排出量削減を実証 エンジン排熱か…

具体的なメリットとして、まず挙げられるのが燃費の向上です。従来のバイクは、エンジンの回転力を利用して「オルタネーター(発電機)」を回し、ヘッドライトや点火プラグに必要な電気を作っています。しかし、オルタネーターを回すこと自体がエンジンの抵抗(負荷)となり、その分ガソリンを消費しています。ここで熱電発電モジュールが排熱から電気を作り出せば、オルタネーターが発電すべき量を減らすことができます。つまり、エンジンの負担が軽くなり、少ない燃料で走行できるようになるのです 。

 

参考)https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1305/09/news029.html

さらに、これは直接的にCO2削減にもつながります。ヤマハの実証実験では、欧州の走行モード(WLTP)において、CO2排出量を1.9%削減できるという結果が出ています。システムの配置を最適化すれば、最大で3.1%の削減が可能という試算もあります。たった数パーセントと思うかもしれませんが、世界中で走るバイクや自動車の数を考えれば、その環境へのインパクトは計り知れません。脱炭素社会に向けた取り組みとして、単なる電動化だけでなく、こうした「内燃機関の効率化」も重要なアプローチの一つとなっているのです 。

 

参考)ヤマハ、車排ガス熱で発電実験 CO2排出量1.9%削減 - …

実用化を阻む熱電発電モジュールの課題

夢のような技術に見える熱電発電ですが、市販のバイクに標準装備されるまでには、まだいくつかの技術的な課題が存在します。最大の壁は「コスト」と「耐久性」のバランスです。排気管のような過酷な環境で安定して発電し続けるには、非常に高性能なモジュールが必要となります 。

 

参考)研究室だより:(株)KELK 熱電発電開発部

まず、耐熱性の問題があります。バイクのエキゾーストパイプは、走行時には数百℃という高温になりますが、雨天時には冷水がかかったり、エンジン停止後には急激に冷えたりと、激しい温度変化(ヒートサイクル)にさらされます。一般的な電子部品や安価な熱電素子(ペルチェ素子など)は、この熱膨張と収縮の繰り返しに耐えられず、内部の接合部が破壊されてしまうことがあります。ヤマハなどが開発した車載用モジュールは、こうした過酷な熱ストレスに耐えうる特殊な構造を採用していますが、その分製造コストが高くなってしまうのが現状です 。

 

参考)ヤマハ、車載用熱電発電モジュール「YGPX024」を開発 排…

また、効率の面でも課題があります。ゼーベック効果による発電量は「温度差」の二乗に比例するため、いかに「高温側を熱く、低温側を冷たく保つか」が重要です。しかし、バイクの場合は停止中に走行風が当たらないため、冷却側(低温側)の温度が上がってしまい、温度差がなくなって発電しなくなるというジレンマがあります。これを解決するために水冷システムを導入すると、今度は装置が大型化・重量化してしまい、バイクの軽快な運動性能を損なってしまう可能性があります。小型・軽量で、かつ安価に製造できるシステムの確立が、普及への鍵を握っています 。

 

参考)ビスマス・テルル系材料による熱電発電モジュールを活用した高効…

バイクの排熱で自作発電は可能か?

バイク好きや電子工作ファンの間では、「自分のバイクのマフラーに熱電素子を貼り付けて、スマホの充電くらいできないか?」と考える人もいるでしょう。結論から言えば、理論的には可能ですが、実用レベルのものを自作(DIY)するのは極めて困難であり、リスクも伴います 。

 

参考)ワークマンのペルチェベストをバイクからの車体給電で使う!ウィ…

Amazonなどで安価に入手できる「ペルチェ素子」は、電流を流して冷却・加熱を行うための部品ですが、逆に温度差を与えて発電させることも可能です(ゼーベック効果)。しかし、これらの汎用ペルチェ素子の多くは、耐熱温度が150℃〜200℃程度しかありません。バイクのエキゾーストパイプ、特にエンジンの出口付近は数百度に達するため、直接貼り付けると素子内の半田が溶けたり、封止材が燃えたりして破損する危険性が非常に高いのです。また、マフラーは曲面であるため、平板状の素子を隙間なく密着させることが難しく、熱伝導のロスが大きくなります 。

 

参考)https://www.squalt-marine-international.com/?q=40230246262502

さらに、発電された電力は電圧が不安定です。エンジンの回転数(排気温度)によって発電電圧が激しく変動するため、そのままスマホやバッテリーに繋ぐと故障の原因になります。適切な昇圧・降圧回路(DC-DCコンバーター)を設計し、熱暴走を防ぐためのヒートシンクや冷却ファンを設置するなど、高度な知識と工作技術が求められます。実験レベルで、火傷に注意しながらLEDを点灯させる程度なら楽しめるかもしれませんが、実用的な車載充電器を自作するのは、現状ではハードルが高いと言わざるを得ません。しかし、こうした個人の試行錯誤(失敗も含めて)が、新しいアイデアの種になることもまた事実です 。

 

オルタネーター不要の未来と効率化

将来的には、熱電発電技術の進化により、バイクから「オルタネーター」という重い部品が消える日が来るかもしれません。もし、排熱だけで車体に必要なすべての電力をまかなえるようになれば、エンジンは発電の負担から完全に解放され、そのパワーを100%走行のためだけに使うことができるようになります。これは究極のエネルギー効率化です 。

また、電動バイク(EV)においても、熱電発電は役立つ可能性があります。EVにはエンジンがありませんが、バッテリーやモーター、インバーターといった部品は走行中に熱を持ちます。この熱を回収して再び電力に戻すことができれば、航続距離を少しでも延ばすことができるかもしれません。あるいは、冬場のライダーを悩ませる寒さ対策として、回収した電力でグリップヒーターや電熱ウェアを動かすという、エネルギーの地産地消システムも考えられます。

 

現在、材料科学の分野では、毒性のある物質を使わない環境に優しい熱電材料や、配管の形に合わせて曲げられるフレキシブルな熱電モジュールの研究も進んでいます。これらが実用化されれば、マフラーにテープのように巻き付けるだけで発電できるキットが登場するかもしれません。「熱を捨てる時代」から「熱を拾う時代」へ。バイクという乗り物は、内燃機関の楽しさを残しつつ、最先端のエコ技術を搭載したハイテクマシンへと進化を遂げようとしています 。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11445405/