

タイヤを少し滑らせた方が実は摩擦係数が最大になります。
バイクが走る、曲がる、止まるという全ての動作は、タイヤと路面の間に発生する摩擦力によって実現されています。この摩擦力は物理学の基本法則に従い、「摩擦力(F) = 摩擦係数(μ) × 垂直荷重(N)」という式で表されます。
参考)トラクションの正体を二輪動力学のエンジニアが解説!【中野真矢…
摩擦係数はタイヤと路面の組み合わせで決まる数値で、アスファルト舗装のドライ路面では0.6~1.0、ウェット路面では0.3~0.8程度です。一方、積雪路面では0.2~0.5まで低下し、ドライ路面の半分以下になります。垂直荷重はほぼ車重と考えて差し支えありません。
つまり摩擦係数が原則です。
この物理法則が意味するのは、バイクの加速・減速・旋回のすべてが摩擦係数だけに依存するということです。エンジンがどれだけパワフルでも、ブレーキがどれだけ高性能でも、タイヤと路面の摩擦力を超える力は路面に伝えられません。摩擦力の限界を超えた瞬間、タイヤは滑り始めます。
バイクの走行性能には物理的な上限があるということですね。
路面の舗装材料による摩擦係数の違いよりも、実は路面温度の方がグリップ性能に大きな影響を与えます。タイヤのゴムは温度が上がると柔らかくなり、路面の微細な凹凸に密着する粘性が高まるためです。
参考)グリップする路面と滑りやすい路面【ライドナレッジ083】
冬の早朝や日陰の路面では、たとえドライ状態でも路面温度が低いため摩擦係数が大幅に下がります。路面温度が10℃以下になると、夏場の同じアスファルト路面と比較してグリップ力が20~30%低下することもあります。これは数値で言えば、ウェット路面に近い状態です。
低温時は特に注意が必要です。
また、舗装面の種類では、コンクリート舗装がドライ時0.5~1.0、ウェット時0.4~0.9、アスファルト舗装がドライ時0.6~1.0、ウェット時0.3~0.8となっています。砂利道は0.4~0.6と、舗装路よりもやや低めです。
路面が濡れている場合や、落ち葉・砂が堆積している場合は、摩擦係数が急激に低下するため、同じ速度でもコーナリングやブレーキングの限界が大幅に下がります。
路面状態を見極める習慣が必須です。
参考)https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/~elegance/oldactivity/2011/presen/103.pdf
雨天時のグリップ低下は想像以上ということですね。
サーキット走行では路面温度が40℃以上になることもあり、この高温環境下でタイヤも適切に温まることで最大のグリップ力を発揮します。しかし公道の一般走行では、タイヤも路面も温まりにくいため、サーキットと同じ感覚で走ると簡単に限界を超えてしまいます。
タイヤのグリップ力には上限があり、その限界を円で表したものが「摩擦円」です。摩擦円は、タイヤが前後方向(加速・減速)と左右方向(旋回)に発揮できるグリップ力の合計が常に一定であることを示しています。
具体的に説明すると、ブレーキングで80%のグリップ力を使っている場合、コーナリングに使えるグリップ力は単純な引き算ではなく、ベクトル計算で約60%になります。これは三平方の定理に基づく計算で、√(100²-80²)=60となります。
ブレーキとコーナリングは足し算じゃないんです。
トップライダーは摩擦円を完璧に使い切る技術を持っています。バンク角が深くなるほどコーナリングにグリップ力を多く使うため、加速や減速に使えるグリップ力は大幅に減少します。直立状態では加速・減速に最大限のグリップを使えますが、深くバンクした状態ではわずかなアクセル操作やブレーキ操作で限界を超えてしまいます。
コーナリング中の急なブレーキングやアクセル操作は、摩擦円の限界を超える原因になります。摩擦円をオーバーすると、タイヤが滑り出して転倒のリスクが高まります。コーナー進入前に十分な減速を完了させ、バンク中はスムーズなスロットル操作を心がけることが原則です。
摩擦円の概念を理解しておけばOKです。
実は、タイヤは完全に滑らない状態よりも、微妙に滑るか滑らないかという状態の時に最大のグリップ力を発揮します。これは物理学的には、静止摩擦力と動摩擦力の境界付近で摩擦係数が最大になる現象です。
加速時の後輪で考えると、路面に薄っすらとブラックマークが描かれているけれど、ライダーはスリップを認識していないくらいの状態が理想的です。この状態では後輪が少しだけ滑りながら、最大の駆動力を路面に伝えています。
完全に止まっている状態では静止摩擦力が働きますが、一度滑り始めると動摩擦力に切り替わり、摩擦係数が低下します。滑り出す直前の摩擦係数が最も大きいため、タイヤがわずかにスリップする状態を維持することで、最大の加速力や制動力を得られるのです。
つまり微妙なスリップが最適です。
しかし、この微妙なコントロールは経験とテクニックが必要で、一般のライダーが意識的に行うのは難しいものです。通常の走行では、タイヤを滑らせないように走ることが安全の基本となります。MotoGPなどのトップレーサーが後輪を滑らせながらコーナーを立ち上がる走法は、この物理現象を極限まで活用した技術です。
垂直荷重(タイヤにかかる荷重)が増えると摩擦力も増加するため、コーナリング中にアクセルを開けて後輪に荷重をかけると、グリップ力が向上する場合もあります。これを理解していると、立ち上がりでのトラクション確保に役立ちます。
日常のライディングで最も危険なのは、予期せず摩擦係数が急変する場面です。マンホールや白線、横断歩道の塗装面は、アスファルトと比べて摩擦係数が0.3~0.5程度と大幅に低くなります。特に雨天時には摩擦係数が0.2以下まで下がることもあり、積雪路面並みに滑りやすくなります。
橋の上やトンネルの出入口も要注意です。
橋の上は地面からの熱が伝わらないため、路面温度が周囲より5~10℃低くなります。冬季の早朝では、橋の上だけが凍結していることも珍しくありません。トンネル出入口も、急激な明暗変化で路面状況の判断が遅れがちです。
また、雨が降り始めの最初の10~15分間は、路面の油分が浮き上がって特に滑りやすい状態になります。この時間帯の摩擦係数は通常のウェット路面よりもさらに20~30%低下するため、いつも以上に慎重な走行が求められます。
雨の降り始めが一番危ないんです。
工事現場や農道付近では、砂や泥が路面に堆積していることがあります。わずか数ミリの砂でも、タイヤと路面の間に入り込むと摩擦係数が半減し、コーナリング中にフロントやリアが滑り出す原因になります。視覚的に路面の色が変わっている場所は、摩擦係数が変化している可能性が高いと判断できます。
このような危険箇所を事前に予測し、速度を落としたりバンク角を浅くしたりする対応が必要です。転倒の多くは、摩擦係数の急変に対応できなかった結果として発生します。走行ルートの路面状態を常に観察する習慣を身につけると安全です。
ライダーズクラブ:トラクションと摩擦力の関係についての専門家解説
「空気圧を下げるとグリップが上がる」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、これには誤解も含まれています。空気圧を下げるとタイヤが変形しやすくなり、接地面積は確かに増えます。
しかし物理法則では、摩擦力は接地面積には依存せず、摩擦係数と垂直荷重だけで決まります。接地面積が増えても、単位面積あたりの圧力(接地圧)が下がるため、理論上は摩擦力の総量は変わりません。
接地面積だけでは決まりません。
ただし、サーキット走行などの限定的な条件下では、空気圧を適度に下げることでタイヤの変形によるグリップ向上効果が得られる場合もあります。これはタイヤのたわみによって路面の微細な凹凸に密着しやすくなるためです。
一方で、空気圧が低すぎると重大なリスクが発生します。高速走行時にタイヤが過度に変形し、路面との摩擦で異常発熱します。その結果、タイヤの内部構造が破壊されたり、異常摩耗が促進されたりします。また、低すぎる空気圧では腰砕けのような状態になり、本来の機能を発揮できません。
低すぎる空気圧は危険です。
逆に空気圧が高すぎると、ブレーキングやスロットル操作でタイヤが潰れにくくなり、ライダーがタイヤの状態を感じづらくなります。
実際のグリップレベルも上がりません。
適正空気圧を守ることが、安全と性能の両面で最も重要です。メーカー指定値を基本とし、月1回以上のチェックを習慣にしましょう。
参考)https://www.goobike.com/magazine/maintenance/cost/130/
摩擦円の概念を理解した上で、実際の走行に活かすテクニックがいくつかあります。まず重要なのは、コーナー進入前に十分な減速を完了させることです。バンク中のブレーキングは摩擦円の限界を超えやすく、転倒リスクが高まります。
「速くコーナーを曲がる」ことよりも、「いかに最短時間で減速し、いかに早く加速して元の速度に戻るか」が重要です。
これがコーナリングの原則です。
エンジン回転数の管理も摩擦力の活用に直結します。コーナリングで低すぎる回転数(高すぎるギヤ)を使っていると、スロットルを開けてもエンジンの反応が弱く、トラクションがかからず後輪のグリップを引き出せません。また進入時のエンジンブレーキの不足もグリップ感を得にくい要因になります。
適切な回転域が基本です。
荷重移動も摩擦力の最大化に重要な役割を果たします。ブレーキング時は前輪に荷重が移動し、前輪の垂直荷重が増えるため摩擦力も増加します。
これによって強力な制動力が得られます。
逆に、コーナー立ち上がりでアクセルを開けると後輪に荷重が移動し、後輪のトラクションが向上します。
体重移動やバンク角の調整によって、適切なタイヤに適切なタイミングで荷重をかけることで、摩擦円を効率的に使い切ることができます。この技術は経験を積むことで自然と身についていきますが、物理的な原理を理解しておくと習得が早まります。
走行中は常に路面状態を観察し、摩擦係数が低下しそうな場所では事前に速度を落とし、バンク角を浅くするなどの予防的な対応が転倒防止につながります。摩擦力の限界を常に意識した走行を心がけましょう。
ブリヂストン公式:二輪車用タイヤの役割と機能についての詳細解説