

日本での放送は稀で知名度は高くないが一国レベルの選手権としては世界最高峰だった。
amaスーパーバイク選手権は、1970年代のアメリカで「フォーミュラ750」というレースがヤマハ・TZ750の2ストロークマシンに完全制圧されていた状況から生まれました。「フォーミュラ・ヤマハ」と揶揄されるほどの独占状態を打破するため、車種の豊富な4ストロークエンジン車によるレースとして当選手権が考案されたのです。
1976年にAMAは、エンジン排気量1000㏄まで(ボアアップのみ可)で、フレームはノーマル、外観も市販車をキープというレギュレーションでスーパーバイクを独立レースとして公式開催しました。
これが基本です。
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その後、1983年からは排気量が750㏄までに変更され、ホンダがV型4気筒エンジンのVF750F/VFR750F、スズキがGSX-R750を投入するなど、日本メーカーが技術を競い合う舞台となりました。このコンセプトが欧州にも持ち込まれたことで、今日のスーパーバイク世界選手権(WSBK)に発展しています。
歴代チャンピオンには、後に世界的なトップライダーとなった選手が多数名を連ねています。初代1976年チャンピオンのレグ・プリッドモアはBMWで栄冠を獲得し、1977年と1978年はカワサキで連覇を達成しました。
1981年と1982年にはエディ・ローソンがカワサキで2連覇、1983年と1987年にはウェイン・レイニーがそれぞれカワサキとホンダでタイトルを獲得しています。つまり世界GPチャンピオンの登竜門だったということですね。
2002年にはニッキー・ヘイデンがホンダで優勝し、その後MotoGP王者となりました。2006年から2008年の3連覇を達成したベン・スピーズ(スズキ)もスーパーバイク世界選手権王者になるなど、同シリーズ出身で欧州でも活躍した選手は数多く存在します。近年では2021年から2023年までジェイク・ガニェがヤマハで3連覇を達成しています。
伝統の一戦であるデイトナ200マイルは、amaスーパーバイク選手権に含まれる特別なレースです。デイトナ200マイルは最初、ビーチと隣接する道路を含む全長3.2マイルのデイトナビーチロードコースで1937年に開催されました。
参考)オールディーズ: デイトナ 200 の歴史 (ビデオ) - …
1970年は、デイトナ200の歴史のなかでも大きな転換点となった年です。動弁方式を問わず一律750ccという、フォーミュラ750のルールがこの年から採用されたのです。今までAMAの不平等ルールにアシストされていたハーレー・ダビッドソンにとっては、ロードレース活動の冬の時代の訪れになった年とも言えるでしょう。
参考)デイトナ200マイル今昔 前編 - LAWRENCE - i…
デイトナ200の詳しい歴史とビデオアーカイブはこちら
現在では600ccクラスで開催されており、2019年には1位のダニー・エスリック(スズキGSX-R600)に続いて、2〜11位がすべてヤマハYZF-R6ライダーだったことが話題になりました。
厳しいところですね。
2015年、ガラパゴス化に危機感を抱いたAMAがFIM(国際モーターサイクル協会)と提携し、同シリーズを「MotoAmerica」へと改名したことで一つの時代を終えています。現在のプロモーターは元世界GPチャンピオンのウェイン・レイニーとKRAVEグループです。
参考)2025 MotoAmerica Superbike Cha…
2025年シーズンは4月にロードアトランタで開幕し、9月にニュージャージー・モータースポーツパークで閉幕しました。キャメロン・ボービエが6回目のスーパーバイクチャンピオンシップを獲得しています。
全9ラウンドで各ラウンド2~3レースが開催され、バーバー・モータースポーツパーク、ロードアメリカ、ラグナセカ、サーキット・オブ・ジ・アメリカズなど、アメリカを代表するサーキットで戦いが繰り広げられました。
これは使えそうです。
日本人の参戦者は黎明期はそこそこおり、宗和孝宏が1993年ルーキーオブザイヤーを獲得しています。近年では2005年に民辻啓がスーパーストッククラスに参戦していますが、その後は日本人ライダーの参戦は少なくなっています。
参戦するには、まず標準のAMAライセンス(年間39ドル)を取得した上で、プロライセンス(年間500ドル、サービス料15ドルプラス)が必要です。日本円に換算すると、プロライセンスだけで年間約8万円程度の費用がかかります。
これは有料です。
参考)AMA ナショナルレースに関する 10 のこと - モトクロ…
アメリカ国内でレース実績を積み、MotoAmericaのスーパーバイククラスに参戦できるレベルに到達するには、相当な資金とサポート体制が必要です。アメリカのライダーは、Moto2よりも自分たちのAMAスーパーバイクシリーズで競う可能性が高いという指摘もあり、国内での競争も激しい環境です。
参考)Reddit - The heart of the inte…
一方、AMAのモトクロス・スーパークロス分野では、2025年に下田丈が日本人として初めてAMAプロタイトルを獲得する歴史的快挙を達成しています。2021年にはAMAスーパークロス第16戦ソルトレイクシティで日本人初優勝も果たしており、ロードレース以外の分野では日本人ライダーが成果を上げています。
参考)激戦のSMX最終戦でジェット・ローレンスと下田丈がタイトル獲…
現在のMotoAmericaスーパーバイククラスのレギュレーションは、4ストローク2気筒850cc~1200cc、3・4気筒750cc~1000ccのエンジンを搭載した市販車ベースのマシンと定められています。スーパーバイク世界選手権と基本的に同様の規定です。
参考)スーパーバイク世界選手権
2003年からAMAでは4気筒も2気筒と同じく排気量が1000ccまで認められるようになり、性能争いが激化しました。そのため、ここ数年は各メーカー毎に最高回転数に制限を設けるなども行われています。シーズン中の戦績によっても変更されるのが原則です。
ポイントシステムは、1位-30、2位-25、3位-21、4位-18、5位-16、6位-15…20位-1、ポールポジション-1という配分になっています。市販車ベースというコンセプトを維持しながら、公平な競争を実現するための細かな調整が継続的に行われているのが特徴です。
日本での放送はなくDVDが稀に発売される程度で知名度は高くないものの、当選手権が日本のスーパーバイク発展に与えた影響は計り知れないものがあります。1980年代、AMAスーパーバイクのレギュレーションに合わせて開発された日本メーカーのマシンは、そのまま日本国内でも販売され、大きな人気を博しました。
ホンダのVFR750F、スズキのGSX-R750、カワサキのGPZ750R(通称空冷Z)などは、AMAスーパーバイクでのレース活動を背景に生まれたモデルです。
意外ですね。
参考)【オートバイのあれこれ】AMAスーパーバイクの香り。レース由…
70年代のカフェレーサーブームの最中に登場し、AMAスーパーバイクやデイトナ200マイルなど、アメリカのレースシーンでも活躍したBMW R90Sのような欧州車も、日本のバイクファンに大きな影響を与えました。これらのレース由来のマシンは、現在でも国産絶版バイクの中で高い人気を誇っています。
参考)70年代のカフェレーサーブームの最中に登場し、AMAスーパー…
AMAスーパーバイク由来の空冷Zに関する詳細記事
日本国内のスーパーバイクレース、全日本ロードレース選手権JSB1000クラスも、AMAスーパーバイク選手権のコンセプトを受け継いでいます。市販車ベースのマシンで争うというフォーマットは、メーカーの技術開発とファンの支持を両立させる理想的な形として定着しました。