

24時間レースなのに、ライダー1人が連続走行できる時間制限がありません。
ル・マン24時間耐久ロードレースは、1978年に初開催された二輪車による24時間耐久レースです。FIM世界耐久選手権(EWC)の第1戦として、毎年4月の土日に決勝レースが行われます。開催地はフランスのル・マン-ブガッティ・サーキットで、土曜午後3時にル・マン式スタートでレースが開始し、日曜午後3時にチェッカーを受けます。
参考)ル・マン24時間耐久ロードレース - Wikipedia
フランス国内ではボルドール24時間耐久ロードレースに次いで歴史があるレースです。2025年の第1戦では、#7 YART – YAMAHAが782ラップを周回して優勝を飾りました。つまり24時間で約780周以上も走り続けるということですね。
参考)【順位結果】2025EWC第1戦ル・マン24時間耐久ロードレ…
二輪のル・マンは四輪のル・マン24時間レース(1923年開始)とは別のイベントですが、同じル・マン市で開催される伝統的な耐久レースとして知られています。世界中からトップライダーとチームが集結し、マシンの耐久性能とライダーの技術を極限まで試す舞台となっています。
ル・マン24時間耐久ロードレースの詳細情報(Wikipedia)
レースの歴史や開催概要について詳しく記載されています。
EWCのレギュレーションでは、6時間から24時間までの耐久レースは2名か3名のライダーで走ることが義務付けられています。24時間レースでは、さらに1名の補欠ライダーが認められています。決勝の前に補欠ライダーを含めた中から3人を登録してレースを行う仕組みです。
各ライダーの走行時間に関しては、以前は一人の連続走行時間に制限がありましたが、現在は制限がありません。燃料補給のためにピットインは必要ですが、そのタイミングでライダー交代を必ずしなければならないという決まりはないため、理論上は1人のライダーが長時間連続で走ることも可能です。ただし体力的に極めて困難なため、実際にはチーム戦略に基づいて定期的にライダー交代が行われます。
2017年のル・マンでは、YARTが夜間走行で全力を使い果たし、体調不良で熱が出たライダーがペースダウンするという事態が発生しました。これが優勝を逃す一因となったことから、ライダーの体調管理と交代タイミングが極めて重要な戦略要素となることがわかります。連続走行時間に制限がないというのは意外ですね。
参考)https://www.autoby.jp/_ct/17066759
鈴鹿8耐は2人から3人のライダーが交代で8時間を走り切る耐久レースですが、ル・マンのレース時間はその3倍です。3人(プラスでリザーブライダー1人)のライダーが交代で24時間を走ります。単純計算で8耐の3倍の時間走るため、マシンの耐久性能やライダーの体力管理の重要度が格段に高まります。
参考)ル・マン24時間と鈴鹿8耐はどっちが過酷? 現地で感じた時間…
意外にも8耐をそのまま3倍したというほど過酷ではないという意見もあります。これは、24時間レースでは夜間走行があるため、視界が制限される中でのペース配分やリスク管理が異なるためです。また、1人あたりの走行時間を分散できるため、体力的な負担を調整しやすい側面もあります。
参考)ル・マン24時間と鈴鹿8耐はどっちが過酷? 現地で感じた時間…
ただし、24時間という長丁場ではマシントラブルのリスクが大幅に増加します。2017年のYARTのように、夜間の体調不良が順位に直結するケースもあり、チーム全体の総合力が問われるレースと言えるでしょう。レース時間が3倍なら準備も3倍必要ということですね。
日本チームと日本人ライダーが数多く参戦しているのがル・マン24時間の特徴です。YART – YAMAHAはヤマハYZF-R1のファクトリーマシンに近いポテンシャルを持ったマシンを使用し、マービン・フリッツ、ニッコロ・カネパ、カレル・ハニカの3人で2025年も優勝を飾りました。
参考)日本チーム&日本人ライダーが数多く参戦する2輪・ルマン24時…
TSRは2025年で9年目の参戦となり、耐久レースでの独自のノウハウを蓄積しているため、チャンピオンの最有力候補と言えます。ライダーラインナップはジョシュ・フック、マイク・ディメッリオ、アラン・テシェのトリオで、さらに第4ライダーとして日本人ライダー渥美心が補欠として控えています。
近年は日本人ライダーの参戦が増加傾向にあり、2025年にはIT企業のエンジニアが立ち上げた「Team Etoile(チーム・エトワール)」が新規参戦しました。このチームは亀井雄大、榎戸育寛、奥田教介の3人を正ライダーとして起用し、ライダーだけでなくスタッフのほとんどが元全日本ライダーなどの若い日本人で構成されています。次世代のバイクレースを担う人材に海外での経験を積ませるという目的があり、日本のモータースポーツ界にとって重要な取り組みとなっています。
日本チームとライダーの参戦状況(J SPORTS)
各チームの詳細なラインナップと戦略について解説されています。
二輪のル・マン24時間で使用されるのはル・マン-ブガッティ・サーキットですが、四輪のル・マン24時間レースで使用されるサルト・サーキットは、1周約13.6kmのコースで、その2/3の区間は普段、地方道として使われている一般公道を閉鎖して走行します。公道区間に何個かあるラウンドアバウトについては、レース時のみ使用される迂回区間が設けられています。
ブガッティ・サーキット内にあるスタートラインから北へ走り出した後に、テルトル・ルージュと呼ばれる場所で一般道と合流し、南へ向かいます。そこからは、しばらくレ・ユノディエールなど近郊自治体を通る一般道をほぼストレートで走り抜け、南端にあるミュルザンヌという村のカーブを曲がり再び北上します。
参考)【フランス】ル・マン24時間レースの観戦に行こう!サーキット…
四輪レースの2024年大会では、329,000人以上の観客が4,237km以上(311周)を平均時速176.3kmで走破したフェラーリの勝利を目撃しました。
公道とサーキットの組み合わせが基本です。
この独特のコースレイアウトが、ル・マン24時間レースを世界で最も特別な耐久レースの一つにしている要因です。
参考)https://www.michelin.co.jp/the-24-hours-of-le-mans
ル・マン24時間レースで有名だったのが「ル・マン式スタート」です。コースの反対側にレース車を配置し、ドライバーやライダーが反対側からコースを横切って乗車するという独特のスタート方法でした。ル・マンの名物となっていましたが、危険なことから1972年(四輪レース)からは一般的な「ローリングスタート」に変更されました。
24時間という長丁場では、様々なドラマが生まれます。2024年の四輪レースでは、雨のクレイジーな条件をもたらし、多数のクラッシュと、セーフティカーの後ろに約7時間にわたり車両が連なるという異例の展開がありました。2017年の二輪レースでは、YARTとGMT94のトップ争いがずっと1分以内という激しい戦いが続きました。
1952年の四輪レースでは、ピエール・ルヴェーがタルボ=ラーゴで出走し、23時間に渡ってステアリングを握りトップを走り続けましたが、疲労のためギアを入れ間違えてエンジンを壊しリタイアとなりました。現在は危険防止のためレギュレーションが変更されており、このような長時間連続運転はできません。
安全性の向上が原則です。
24時間という時間の中で、周回遅れのマシンを多数かわしながらコンスタントに速く走らなければならないため、ライダーの集中力と判断力が常に試されます。夜間走行では視界が制限される中、トップスピードで公道区間を駆け抜けるため、昼間とは全く異なる緊張感があります。これらすべての要素が組み合わさって、ル・マン24時間耐久ロードレースは世界最高峰の二輪耐久レースとしての地位を確立しています。