
マグネトー点火システムは、バイクの歴史の中で重要な役割を果たしてきました。特に1900年代初頭から中頃にかけて、多くのバイクや発動機に採用されていました。マグネトーの歴史を紐解くと、日本でも澤藤電機が1908年(明治41年)に創業し、大正時代からボッシュマグネトーなどの修理を始めたことがわかります。
澤藤電機の創業者である澤藤忠藏氏は、研究のために渡欧し、1929年(昭和4年)に帰国後、日本製マグネトー第一号を完成させました。その後、量産体制を整え、ボッシュに似たハイテンションマグネトーなどを製造していきました。1934年(昭和9年)には、コイルが回転する軸回転型のマグネトーの製造を開始し、型式US-A-1・LS-1・LS-A-1・LS-B-1・BS-1などが生産されました。
マグネトー点火システムには主に以下の種類があります。
イギリスのルーカス社製K2系マグネトーなども有名で、点火装置が独立しており他の回路に影響を受けないため、信頼性が高く始動性も良いという特徴があります。
マグネトー点火システムにおいて、点火タイミングの調整は最も重要な要素の一つです。特に古い発動機では、始動後の燃焼・ノッキング・自己点火などの不具合が生じやすく、点火タイミングの正確な調整が求められます。
4サイクル機関である発動機は、吸入・圧縮・爆発・排気という工程で動作します。圧縮された混合ガスに点火を行い始動させますが、このとき点火タイミングが早すぎると、ピストンが死点の手前で点火されてしまい、ピストンが逆押しされて発動機がノッキングを起こします。その結果、シリンダーが過熱状態となり馬力低下を引き起こします。
反対に、点火タイミングが遅すぎると、圧縮が低くなり不完全燃焼を起こします。ピストンの死点位置前後で、マグネトーによる正確な火花点火が行われる必要があるのです。
点火タイミングの調整方法。
特に、1950年代以降のバイクには、自動進角装置(オートアドバンス)が装備されているモデルもあります。これは、エンジン回転数に応じて自動的に点火タイミングを調整する機構で、BSAのA10ロイヤルツーリストなどに使用されていました。
マグネトーの修理において、最も技術を要する作業の一つがコイルの巻き直しです。古いマグネトーのコイルは経年劣化によりエナメル線の絶縁が破壊されたり、内部がカビで侵食されていることがあります。
澤藤マグネトーLS-B-1型の修理例では、まずコイルを解体し、二次線と一次線を取り外します。H型鉄心は錆びもなく状態が良い場合が多いですが、コイル内部はカビがはびこっていることもあります。
コイル巻線の修理手順。
コイル巻線には専用の「コイル巻線機」を使用すると効率的です。KOBASオリジナルの「コイル巻線機」などを使用することで、均一な張力でコイルを巻くことができます。
また、コンデンサーは古いものは必ず交換する必要があります。一般的に0.07〜0.25マイクロファラッドのものが適しています。
マグネトーの断続機(カム)は、二次電圧を得るために一次電流を急激に切断する重要な部品です。この機械的な動作が正確でなければ、適切な火花を生成することができません。
断続機(カム)の整備手順。
ポイントの調整は、マグネトー点火システムの性能を左右する重要な作業です。ポイント間の隙間が適切でないと、点火タイミングがずれたり、火花の強さが不足したりします。
また、キルスイッチの配線も重要です。マグネトー点火の場合、キルスイッチ用の線をアースさせるとエンジンがストップします。適切なキルスイッチ(例:ホンダのモトクロッサー用など)の一方をCDIの白黒線へ、もう一方をボディアースさせると、キルスイッチとして機能します。
古いバイクのマグネトー修理において、現代のパーツを使用することで性能向上やメンテナンス性の改善が可能な場合があります。特に、イグニッションコイルは古くなると確実に劣化する部品であり、代替部品を探すことが重要です。
例えば、あるバイク愛好家は、ヤマハのビーノのイグニッションコイルをヤフオクで300円で落札し、自身のバイクに取り付けたところ、完全にボルトオンで装着できたという報告があります。取り付け後は「気のせいか爆発が力強くなった」と感じたそうです。
現代パーツ選びのポイント。
ただし、電気系統の改造は素人が行うと問題が生じる可能性があります。「生兵法はケガの元」という言葉があるように、もともとバランスのとれるように設計されているノーマルの状態に戻す方が良い場合もあります。
また、バッテリーの選択も重要です。メンテナンスフリーバッテリーは短期間は問題なくても、長時間乗っていると過充電になる可能性があるため注意が必要です。
マグネトー点火システムを搭載したバイクの始動手順は、現代のバイクとは異なる独特のものです。特に1950年代のバイクでは、以下のような手順が必要になります。
日常的なメンテナンスも重要です。特に出発前にはスパークプラグの状態を確認し、燻っている場合は交換することをお勧めします。これは面倒な作業ではなく、「大切な愛車へブレークファーストを差し出す」と考えれば簡単なことです。
マグネトー点火システムを搭載したバイクは、何から何まで世話をしてやらなければ機嫌を損ねるという特徴があります。1950年代の機械とはそういうものであり、そうした時間を楽しむ懐の大きさが必要です。
定期的なメンテナンス項目。
これらのメンテナンスを適切に行うことで、マグネトー点火システムの信頼性を維持し、バイクの性能を最大限に引き出すことができます。
マグネトー点火システムのトラブルシューティングは、現代のCDI点火システムとは異なるアプローチが必要です。以下に主な症状と対処法をまとめます。
エンジンが始動しない場合:
点火時期が不安定な場合:
火花が弱い場合:
電気系統のトラブルシューティングでは、テスターを使った測定が有効です。特に、点火コイルの一次側と二次側の抵抗値を測定することで、コイルの状態を診断できます。
また、マグネトー点火システムのトラブルは、単に電気的な問題だけでなく、機械的な問題が原因となっていることも多いため、総合的な診断が必要です。例えば、タイミングチェーンの伸びやカムシャフトの摩耗なども点火タイミングに影響を与えることがあります。
マグネトー点火システムの修理技術は、現代では希少な専門知識となっています。この技術を継承していくことは、クラシックバイクの文化を守る上で非常に重要です。
マグネトー修理の専門家たちは、長年の経験と試行錯誤から得た知識を持っています。例えば、布引クラシックスのような専門店では、1950年代〜1960年代のトライアンフやBSAなどのイギリス車のマグネトー修理を行っています。
専門家から学べる重要なポイント。
マグネトー修理の技術継承には、実際に修理現場で経験を積むことが最も効果的です。また、インターネット上の情報交換や専門書の研究も有効な手段となります。
クラシックバイクのオーナーにとって、マグネトー点火システムの基本的な知識を持つことは、愛車を長く楽しむために不可欠です。「何から何まで世話をしてやらなければ機嫌を損ねる」という特性を理解し、その時間を楽しむ心の余裕が必要です。
マグネトー点火システムは、現代の電子制御システムとは異なる魅力を持っています。機械式の美しさと、手をかけることで応えてくれる素直な性格は、多くのクラシックバイク愛好家を魅了し続けています。