

ターボなし・8.3リッターV16で1000馬力を達成し、250台全台が発表前に完売しています。
「多気筒=ターボが当たり前」という常識を、ブガッティは真っ向から覆しました。
ヴェイロン(2005年)からシロン(2016年)まで、ブガッティのアイコンはW型16気筒クワッドターボエンジンでした。W16とは、狭角V8を2基をW字型に組み合わせた特殊構造で、コンパクトな外寸に16気筒を詰め込む、フォルクスワーゲングループ独自の技術です。8.0リッター・4ターボで最大1500馬力(シロン)を発生するこのエンジンは、長年ブガッティのアイデンティティそのものでした。
では、なぜ次世代モデル「トゥールビヨン」でV16へ転換したのか。決め手はコスワースの一言でした。開発過程で英国の名門エンジンメーカーであるCosworthが「W16は高回転型の自然吸気エンジンには向きません。V16で行きましょう」と進言したのです。つまりW16は、ターボを前提にした構造であり、9000rpmまで回す高回転NAエンジンには不向きだったということです。
新しいV16は、直列8気筒エンジン2基をV字に組み合わせた構成で、バンク角は90度のクロスプレーンクランクを採用しています。その発想は、ブガッティの伝説的なレーシングカー「タイプ57」への敬意も込められており、歴史とエンジニアリングが一体となった設計思想が貫かれています。これが基本です。
さらに、V16への転換は単なる気筒数の変更ではありません。ターボを廃することで、ターボラグがなくなり、アクセルに対する応答がよりリニアになります。バイク乗りがスロットルの即応性に価値を見出すのと同じ感覚で、ブガッティはターボのない、ピュアなエンジンフィールにこだわったのです。これは使えそうです。
ブガッティ・トゥールビヨンがターボではなく自然吸気V16を選んだ理由(CEOの哲学・開発背景を詳細解説)
「8.3リッター」という数字が持つスケール感を、バイク乗りなら身近な尺度で感じてほしいと思います。
まず排気量を比較してみましょう。排気量8300ccというのは、リッタースポーツバイク(1000cc)が実に8台分以上に相当します。よく知られているスズキ・GSX-R1000(999cc)8台分の総排気量をたったひとつのエンジンに凝縮していると考えると、そのスケールが伝わるはずです。
| 項目 | ブガッティV16(エンジン単体) | リッタースポーツバイク(参考) |
|---|---|---|
| 排気量 | 8300cc | 約1000cc |
| 最高出力 | 1000馬力(9000rpm) | 約200馬力前後 |
| エンジン重量 | 252kg | 約60〜80kg |
| 気筒数 | V型16気筒 | 直列4気筒または並列2気筒 |
| 最大回転数 | 9000rpm | 約14000〜16000rpm |
興味深いのは、最大回転数の観点です。バイクの高回転エンジンは14000〜16000rpmまで回るのに対して、ブガッティV16は9000rpmが上限です。排気量が8倍以上あるエンジンとしては十分に高回転型ですが、1気筒あたり約519ccのピストンを9000回転させているという事実は、エンジニアリング的に相当な高負荷であることを示しています。つまりこのV16は、超大排気量でありながら高回転NAというジャンルを両立させた、世界的に見ても極めて稀なユニットなのです。
エンジン単体の重量が252kgというのも見逃せません。これは排気量8.3リッターのエンジンとしては驚異的に軽く、コスワースとの共同開発によって徹底的な軽量化が図られた結果です。ターボチャージャーやインタークーラーなどが不要になったことで、従来のW16クワッドターボと比べて約150kgの軽量化も達成されています。軽量化こそ性能の基本です。
エンジン単体で1000馬力という事実。さらにそこへ電動パワーが上乗せされます。
トゥールビヨンは、V16エンジンに3基の電動モーターを組み合わせたプラグインハイブリッドシステムを採用しています。配置はフロント左右に各1基(合計出力約600馬力相当)、リヤのエンジンとデュアルクラッチギアボックスの間に1基(約200馬力)という構成です。これによりシステム総出力は1800馬力に達し、さらに驚くべきことに、電動モーターが後退ギアの役割を兼ねているため、機械式のリバースギアが廃止されています。意外ですね。
バッテリーはリマック社(ブガッティと経営統合したクロアチアのハイパーEVメーカー)の技術を活用した24.8kWh(グロス)の800Vリチウムイオンバッテリーで、EV走行可能距離は約70kmを確保しています。これはリマックが培ったバッテリー技術が生きている部分で、ただのハイパーカーではなく、プラグインHVとしても完成度が高い設計です。
バイクで感じる「スロットルを開けた瞬間に車体が飛び出す感覚」に近い即応性を、1995kgもの車体で実現していると考えると、このシステムの精緻さがわかります。電動モーターのトルク特性(回転数ゼロから最大トルクが発生する)が、発進加速においてV16エンジンを補助し、あの2.0秒という加速を生み出しているのです。結論はハイブリッドがあったからこそ自然吸気V16が成立した、ということです。
ブガッティ トゥールビヨンの全システム詳細解説(エンジン・モーター・バッテリー・走行性能の完全まとめ)
ハイパーカーの内装として、スクリーンをほぼ排除するという逆張りの選択がとられています。
現代のスーパーカーはラージスクリーンを多用するのが当たり前という認識がありますが、トゥールビヨンはそれとは正反対の方向性を選びました。ダッシュボードに大型ディスプレイはなく、バックカメラとApple CarPlay用の小型ディスプレイのみがセンタートンネル内に隠されています。すべてのスイッチ類はアルミやボヘミアンガラスから削り出した工芸品であり、「デジタルを排除したアナログの美」が貫かれています。
車名「トゥールビヨン(Tourbillon)」は、機械式時計の三大複雑機構のひとつである「陀飞轮(トゥールビヨン)」から名付けられています。その名にふさわしく、メーターパネルはスイス・ル・サンティエの時計職人が設計から製造まで手がけ、チタン、サファイア、ルビーを含む600以上のパーツで構成されています。ステアリングホイールのハブは固定されており、外側のリムだけが回転するという機構を採用し、計器がいつでも正面を向き続ける設計です。これは走行中に視認性を最大化するための機能的な工夫でもあります。
バイクに乗る人なら、計器が「生の情報をリアルタイムに伝える道具」であるという感覚を大切にしているはずです。スポーツバイクのアナログメーターが持つダイレクトな情報伝達の美しさと、トゥールビヨンの機械式メーターが持つ哲学は、実は同じ方向を向いています。いいことですね。
ブガッティ・トゥールビヨン東京初お披露目レポート(内装の詳細・メーターパネルの構造についての現地取材記事)
実はV16エンジンの量産車搭載は、1930年代以来ほぼ途絶えていた技術です。
ブガッティ以外でもV16エンジンを搭載した量産車は存在します。世界最初の量産V16搭載車は1930年のキャデラック「シリーズ452」で、7.4リッターV16から185馬力を発生しました。当時のキャデラック最高峰モデルとして君臨し、ラグジュアリーの象徴となりました。その後、1980年代にはイタリア製スーパーカー「チゼータ V16T」、1990年代にはスペインの「ヒメネス・ノヴィア」などがV16を搭載しましたが、いずれも少量生産の特殊モデルにとどまりました。
ブガッティ自身が長年採用してきたのは、V16ではなくW16でした。ヴェイロン(2005年)から始まりシロン、W16ミストラル(2022年、W16最後の限定99台モデル)まで約20年間、W16クワッドターボがブガッティの心臓部を担い続けたのです。W16ミストラルは500万ユーロ(約7億円)という価格にもかかわらず、発表前に完売しています。これがW16エンジン搭載モデルの最終章でした。
そして2024年に登場したトゥールビヨンは、いわば量産車への「V16の復活」を意味します。前述のように、1940年代以降はV16エンジンを持つ量産車が事実上ほとんど存在しなかったため、「84年ぶりの量産V16」とも評されています。その意味でトゥールビヨンは、内燃機関の歴史においても特別なマイルストーンを刻んだ1台なのです。
バイク乗りが「2気筒か4気筒か」という気筒数へのこだわりを持つのと同様、自動車における気筒数も、そのエンジンのキャラクターや哲学を体現するものです。V16という選択は、単なるスペック追求ではなく、エンジニアリングと美学の両立を追い求めた結果なのです。これだけ覚えておけばOKです。
歴代16気筒エンジン搭載車の歴史まとめ(キャデラックからブガッティまでの系譜をわかりやすく解説)