オートバイレース世界の頂点と危険

オートバイレース世界の頂点と危険

オートバイレース世界の頂点と危険

マン島TTでは2022年だけで6人のライダーが命を落としました。


参考)マン島TTでライダーの死亡事故が発生。計21戦出場の実力派マ…


この記事のポイント
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世界最高峰のレース

MotoGPは1949年から続く二輪の最高峰レースで、欧州を中心に年間18戦が開催され、世界のトップライダーが競い合います

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危険なレースの実態

マン島TTは1911年から2023年までに267人の死者を記録し、世界で最も危険なバイクレースと言われています

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日本の活躍

鈴鹿8耐は日本最大のオートバイレースで、ヤマハが2024年に史上初の8耐3連覇を達成しました

オートバイレース世界選手権の歴史と構造


ロードレース世界選手権(MotoGP)は、FIM(国際モーターサイクリスト連盟)が1949年に開始した二輪レースの世界最高峰です。現在はMotoGP、Moto2、Moto3の3つのクラスに分かれており、それぞれ排気量が異なります。


参考)レース用語集 - レース情報


MotoGPクラスは1000cc、Moto2は600cc、Moto3は250ccのマシンを使用します。年間18戦が欧州を中心に世界各国で開催され、毎戦の着順ごとにポイントが与えられます。年間獲得ポイントが最も多い選手がチャンピオンです。


つまり世界一速いライダーを決める舞台ですね。


レースの勝敗がたったの100分の1秒で決まるケースも珍しくなく、現行MotoGPの技術ルールはあらゆるモータースポーツの中で最僅差のレースになるよう考え抜かれています。日本の鈴鹿サーキットでは毎年「MotoGP日本グランプリ」が開催され、期待の新星からレジェンドまでが世界の頂点を目指します。


参考)MotoGP™ってなに? | MotoGP&tr…


オートバイレース世界三大レースとカテゴリー

世界のバイクレースには複数の主要カテゴリーが存在します。ロードレース世界選手権に加え、スーパーバイク世界選手権(SBK)は公道用の市販車をベースにしたレースです。これらは専用開発マシンとは異なり、実際に購入できるバイクに近い仕様で競います。


参考)世界のバイクレース一覧!ランキングと最高峰を紹介


世界耐久選手権(EWC)は長時間レースのシリーズで、ルマン24時間レースなどが含まれます。2025年のルマン24時間では53台が出走し、39台が完走しました。優勝チームは24時間で782周、約3046kmを走破します。


参考)https://ms.bridgestone.co.jp/2/8tai/report/9120


体力と集中力の限界への挑戦です。


一方、マン島TTレースは全長約60kmの公道コースを時速300kmで駆け抜ける極めて危険なレースです。1911年のマウンテンコース移転から2023年までに267人の死者を記録しており、2022年には6人が命を落としました。「F1ドライバーは頭のネジが1本外れていないと走れない。マン島TTのライダーは、頭にネジが1本でも残っていたら走れない」という言葉がその過酷さを物語ります。


参考)バイク、ラリー好き必見!世界一過酷なレースが今年も始まる&#…


オートバイレース世界で活躍する日本人ライダー

日本人ライダーは世界のオートバイレースで長い歴史を持ちます。在日韓国人の片山敬済は1977年に350ccクラスで世界チャンピオンに輝きました。MotoGPクラスでは、伝説のライダー、ジャコモ・アゴスティーニが350ccクラスで7連覇(1968年-1974年)を達成しています。


参考)ロードレース世界選手権 - Wikipedia


全日本ロードレース選手権では中須賀克行が圧倒的な強さを見せています。2008年、2009年、2012年から2016年、2018年、2019年、2021年と10度のJSB1000クラスタイトルを獲得しました。


参考)中須賀克行 - Wikipedia


国内無敵の速さですね。


中須賀は2012年の世界GP最終戦バレンシアで、負傷したベン・スピーズの代役として参戦し、ウェットレースで2位表彰台を獲得しました。この年、他のクラスも併せて表彰台に上った日本人ライダーは彼のみでした。鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、YAMAHA FACTORY RACING TEAMが2024年に史上初の8耐3連覇を達成しています。


参考)鈴鹿8時間耐久ロードレース - Wikipedia


オートバイレース世界一過酷なダカールラリー

ダカール・ラリーは「世界一過酷なモータースポーツ競技」と呼ばれるラリーレイド大会です。フランス人冒険家ティエリー・サビーヌの発案により1978年から毎年1月に開催されています。通常のレースと異なり、1日の走行距離は500kmから800kmに及び、過去には1,000kmを超える競技区間も設けられました。


参考)ダカール・ラリー - Wikipedia


マラソンステージでは、通常認められているエンジンや駆動系の部品交換が禁止され、チームメカニックによる点検もできないまま翌日のステージを走行します。整備なしで砂漠を走り続けるということですね。


1986年の大会では15,000kmに及ぶ過酷なルート設定と酷い砂嵐に見舞われ、大会主催者のティエリー・サビーヌと日本人ライダーの金子靖雄を含む計6人が亡くなりました。それでもラリーは継続され、ゴールを迎えています。


過酷な環境でのマシントラブルに備えるなら、日頃からバイクの基本メンテナンススキルを磨いておくと安心です。オイル交換やチェーン調整などの基礎知識は、長距離ツーリングでも役立ちます。


オートバイレース鈴鹿8耐の特別な位置づけ

鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)は、FIM世界耐久選手権の1戦として毎年夏に鈴鹿サーキットで開催される日本最大のオートバイレースです。午前11時30分にスタートし、日没をまたいで終盤はナイトレースとなり、午後7時30分を過ぎた直後にトップチームがゴールした時点で終了します。


2024年大会ではYAMAHA FACTORY RACING TEAMが216周を走破し、ヤマハにとって初の8耐3連覇を達成しました(通算7回目の優勝)。優勝チームは現行コースレイアウトとしては最多の218周回を記録したこともあります。


参考)ヒストリー


8時間走り続ける過酷さが伝わりますね。


GMT94 Yamaha Official EWC Teamは、チームとして3回目、ヤマハとして4回目となる世界耐久選手権のタイトルを獲得しました。ヤマハ発動機は1961年5月21日のフランスGPから世界選手権に参戦を開始し、初のGPチャンピオンは1964年のGP250でフィル・リードによってもたらされました。


参考)MotoGP/Moto2


ヤマハ発動機 鈴鹿8耐スペシャルサイト ヒストリー
鈴鹿8耐の歴史とヤマハチームの戦績について詳細な情報が掲載されています。


オートバイレース観戦時の独自の楽しみ方

世界のオートバイレースを観戦する際、単に順位を追うだけでなく、ライダーのライディングスタイルに注目すると面白さが増します。コーナリング中、マシンのバンクよりもさらに内側に体重をずらす「ハングオン」という走法は、より小さくコーナーをまわるための技術です。


決勝スタート直後の第1コーナーに真っ先に進入することを「ホールショット」と呼びます。


これが原則です。



タイヤのゴム質を示す「コンパウンド」の選択も勝敗を左右します。濡れた部分と乾いた部分が混じった「ハーフウエット」の路面では、ライダーの判断力が試されます。


観戦場所を工夫すると、より臨場感のある体験ができます。鈴鹿サーキットのような高速コースでは、ライダーが時速300km超で駆け抜ける姿を間近で見られるエリアがあります。双眼鏡を持参すれば、遠くのコーナーでのバトルも鮮明に捉えられます。レース中継アプリを併用すると、各ライダーの周回タイムやピット戦略をリアルタイムで確認でき、戦略的な面白さも味わえます。


ヤマハ発動機 レース用語集
レース観戦に役立つ専門用語の解説がまとめられています。




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