

決勝レース中に202回の転倒が起きても、優勝チームは諦めずチェッカーを受け続けます。
「ル・マン24時間レース」という名前を聞いて、多くの人はまずフェラーリやトヨタが競う四輪の耐久レースを思い浮かべるかもしれません。しかし実は、バイクライダーにとって見逃せない「バイク版ル・マン24時間」が別に存在します。それがFIM世界耐久選手権(EWC)の開幕戦として毎年春に開催される「ル・マン24時間耐久ロードレース(24 Heures Motos)」です。
2025年大会は第48回目を数え、4月19日〜20日にフランスのル・マン-ブガッティ・サーキットで開催されました。舞台となるブガッティ・サーキットは全長4.185kmのコンパクトなコースで、四輪のWECが走るサルト・サーキット(全長13.626km)とはまったく別のレイアウトです。ブガッティ・サーキットはサルト・サーキットの内側に常設されており、市街地の公道を使わない純粋なサーキットコースになっています。
つまり「車のル・マン」が6月にサルト・サーキットで開催されるのに対し、「バイクのル・マン」はその約2ヶ月前の4月にブガッティ・サーキットで開催されるということです。大きな違いですね。
EWCのレースは1台のバイクを3〜4名のライダーが交代しながら走らせる形式で、24時間でのサーキット周回数を競います。耐久レースの真髄は単なるスピードではなく、タイヤ戦略・燃費管理・天候対応・チームワークのすべてが問われる総合戦です。2025年のEWC大会では、フィジカルへの負荷だけでなく、24時間で実に202回(チームマネージャー発表)もの転倒が発生するほど過酷な条件が重なりました。これだけのアクシデントが起きても完走を目指す姿に、耐久レースの本質が凝縮されています。
参考:EWC 2025年ル・マン24時間耐久レースの公式結果と詳細
ヤマハ発動機株式会社 世界耐久選手権 2025年第1戦ル・マン24時間レース公式レポート
2025年EWC第1戦ル・マン24時間耐久レースを制したのは、#7 Yamalube YART Yamaha EWC Official Teamでした。M・フリッツ選手、K・ハニカ選手、J・オハロラン選手の3名が782ラップを周回してチェッカーを受けています。
このレースは文字通り波乱の連続でした。ウィーク全体を通して豪雨の予報が出ていた中、完全ドライの時間帯も予想外に長くあったため、「ドライで行くかウェットで行くか」の判断がチームを悩ませました。YARTのフリッツ選手は金曜日のフリー走行でラップレコード(1分34秒489)を更新してポールポジションを獲得。しかし決勝スタート直後のオープニングラップで転倒し、一時は21番手まで順位を落とします。転倒直前にサポートレースでオイルが路面に出ていたことが原因でした。
それがこのチームの底力の見せどころでした。フリッツ選手はスティント終了までに2番手まで追い上げ、バトンを受けたハニカ選手がペースを維持。新加入で24時間耐久初出場のオハロラン選手がスタートから2時間半後にトップへ躍り出ます。その後もリアタイヤのパンク・夜間の転倒・バイザー不具合による予定外ピットストップと次々にトラブルが発生しますが、そのたびに乗り越えて最終的に優勝を勝ち取りました。これが耐久レースの醍醐味です。
2位にはKawasaki Webike Trickstar、3位にはERC Endurance #6(BMW)が入り、日本勢カワサキが表彰台2位を獲得した点もライダー視点では嬉しいニュースです。
| 順位 | チーム | メーカー |
|------|--------|---------|
| 🥇1位 | YART YAMAHA | ヤマハ |
| 🥈2位 | Kawasaki Webike Trickstar | カワサキ |
| 🥉3位 | ERC Endurance #6 | BMW |
参考:2025 EWC第1戦ル・マン24時間の詳細レポートと順位
autosport web 【順位結果】2025EWC第1戦ル・マン24時間耐久ロードレース 決勝
「フランスまで行くのはハードルが高い」と思っているライダーは多いかもしれません。しかし現地で体験できる内容は、日本のサーキットでは絶対に味わえない別次元のものです。
まず驚くのが、観客エリアのテントでBBQをしながらレースを観るという文化です。改造バイクをコースサイドに持ち込み、停車したままエンジンをふかし続ける「爆音族」のコーナーも実在し、バイク文化がレースと一体になっているのをまざまざと感じます。これはフランス特有のモータースポーツとの付き合い方で、日本の観戦文化とは根本的に違います。
次にチームとの近さが特徴的です。「パドックパス」を購入すれば、ライダーやメカニックが作業するパドックエリアに一般の観客も入場できます。ライダーに直接声をかけたり、写真を撮ったりする機会があるのはモータースポーツならではのこと。また「ピット&パドックツアー」に参加すれば、ピットロードを歩きながらマシンの間近で選手にサインをもらうことも可能です。
夜間走行のシーンも見逃せません。深夜の暗闇の中をバイクのヘッドライトが高速で駆け抜ける光景は、鈴鹿8耐の夜間走行と比べると時間が倍以上で、圧倒的にドラマチックです。温度低下・タイヤの冷え・疲労のピークが重なる夜間は転倒が多発する時間帯でもあり、一瞬たりとも目が離せません。
バイク乗りとして現地に行くなら、まず応援するチームを1つ決めておくことが観戦を数倍楽しくする秘訣です。「自分の乗っているメーカーのチーム」「好きなライダーが所属するチーム」など、どんな理由でも構いません。推しチームが決まるだけで、ピットストップのたびに心臓が跳ね上がるような体験に変わります。
参考:現地観戦レポート(パドックパス・ピットウォーク・夜間走行の体験談)
バイクのニュース「日本のレースと全然違う! ル・マン24時間レース現地観戦で感じた本場ならではの楽しみ方とは」
「実際に行くとしたらいくらかかるの?」という疑問から解説します。EWC ル・マン24時間耐久レースのチケット体系はシンプルで、購入タイミングによって価格が変わります。
4日間の通し入場券は早期割引(概ね前年10月〜翌年1月末まで)で71ユーロ前後で購入可能です。日本円にすると約1万1,000〜1万2,000円程度(為替により変動)。通常価格になるとやや上昇するため、行くと決めたら早めに公式サイトからチケットを押さえることをおすすめします。パドックパスはこれに追加で購入する形式です。
日本からのアクセスは、成田・羽田からパリ(シャルル・ド・ゴール空港)への直行便を利用するのが基本です。そこからル・マン市まではTGV(高速列車)で約1時間、さらにル・マン駅からサーキットまではバスやタクシーで移動します。総移動時間は乗り継ぎを含めると約15〜17時間程度が目安です。
現地でのポイントをいくつか挙げると、以下のことが役立ちます。
- 服装:フランスの4月は日中は過ごしやすくても、夜間は10℃を下回ることがあります。防水・防寒のアウターを必ず用意しましょう
- テント・チェア:観客エリアにはテントを張れるスペースがあり、長期滞在に向いています
- 食事:サーキット内にも食事スポットはありますが、近隣のスーパーで事前に買い出しをするのがコスパ良好です
- Wi-Fi・通信:海外SIMかeSIMを日本出発前に準備すると、現地でのタイムスケジュール確認などがスムーズです
観戦ツアーも選択肢のひとつです。パドックパスや添乗員がセットになったツアーも日本の旅行会社から販売されており、初めての海外レース観戦でも安心して参加できます。東京発の直行便を使ったパドックパス付き観戦ツアーも実際に販売実績があります。
費用面の現実的な試算をすると、チケット(71ユーロ)+往復航空券(10〜15万円程度)+宿泊費(3〜4泊で3〜5万円)で、最低でも15〜20万円前後のトータル費用になります。計画的な資金準備が必要ですね。
これはあまり語られない独自の視点ですが、24時間耐久レースにはバイクライダーとしての「走り方の哲学」を見直すヒントが詰まっています。
レース中、ライダー交代のピットでライダーは前走者からひと言を受け取ります。「内側のラインに水が溜まっている」「最終コーナー手前が滑りやすい」——。このたった一言が次のライダーの命を守り、順位を左右する大きな鍵になるのです。何十分もの走行情報を、ピットで数秒のバトンパスに凝縮する。そこにプロライダーの技術と経験の深さが凝縮されています。
ツーリングやワインディングを楽しむライダーにとっても、同じことが言えます。路面状況の変化を素早く読み取り、ひとつひとつのコーナーの情報を蓄積する習慣は、安全な走りの基礎でもあります。24時間耐久のプロが一言で伝える技術は、実は私たちライダーの日常にもつながっています。
さらに、チームワークの重要性も際立ちます。ピットではメカニックが数秒のジャッキアップ・タイヤ交換・給油・微調整を完璧にこなし、それが順位を動かします。個人技だけでは決して勝てないのが耐久レースです。バイクという個人の乗り物も、整備・サポートをしてくれる家族や整備士との関係があって初めて安全に走れる——そういう当たり前のことを再認識させてくれます。
また、2025年のヨシムラSERT Motulがル・マン24時間で6回もクラッシュしながら走り続けたように、「勝つこと」より「走り切ること」を貫く姿勢は、ツーリングライダーにとっても深く刺さる価値観です。ゴールまで諦めずにバイクを押して走ったライダーの姿を観た観客全員が心を打たれたと、現地観戦者は語っています。ゴールまでたどり着くことの意味——それが耐久レースの最大のメッセージです。
参考:EWC 2025シーズン全体の結果とYART YAMAHAのチャンピオン獲得経緯
ヤマハ発動機 世界耐久選手権 Yamalube YART Yamaha EWC Official Teamが3回目のチャンピオン獲得