

あなたが「高いバイク」だと思っているSS100は、1924年当時すでに時速160kmの走行性能を保証した世界唯一のバイクだった。
ブラフシューペリアが誕生したのは1919年、第一次世界大戦が終結した翌年のことだ。英国ノッティンガムで、ジョージ・ブラフがオートバイメーカーを営む父ウィリアム・E・ブラフのもとから独立し、自ら創業した。父が好んだのは振動の少ない水平対向エンジンを使った堅実な設計。しかしジョージが目指したのは、大排気量Vツインを駆使した、美学と性能を高次元で両立させたまったく別次元のマシンだった。
ブランド名の「シューペリア(Superior)」とは「至高・優れた」という意味で、父の製品への対抗心すら滲む命名だったともいわれる。つまりブラフシューペリアは、創業時点から「世界最高のバイクを作る」という揺るぎない哲学を掲げていたわけだ。
このブランドが「二輪のロールスロイス」と称されるようになったのには、明確な理由がある。ブラフシューペリアは顧客の要望に合わせたカスタムメイドを徹底し、同じ構成のバイクは2台と存在しないといわれた。納車前には必ずジョージ・ブラフ自身がテストを行い、仕様を満たさない場合は作り直すという完璧主義を貫いた。その品質管理の厳しさは、まさに英国最高峰の自動車ロールスロイスと肩を並べるものだったのだ。
21年間という製造期間(1919〜1940年)で生産されたのはわずか3,048台。スポーツカーの超高級ブランドでも3,000台超の生産台数は珍しくないが、バイクメーカーとしてこの台数に留まったのは、あくまで量より質を優先した証でもある。現在、オークションに現れるオリジナルのブラフシューペリアSS100は、過去に4,500万円を超える落札価格を記録したこともあり、そのコレクターズバリューの高さは今も健在だ。
ブラフシューペリアの象徴的モデルといえば、なんといっても「SS100(スーパースポーツ100)」だ。1924年に登場したこのモデルの名称の「100」が意味するのは、時速100マイル(約160km/h)という数字である。これが単なるカタログスペックではなく、納車される全車両が実際にこの速度を達成してから出荷されたという、今でも類を見ない品質保証だった。
当時の大型バイクが70〜80km/h程度の最高速を誇っていた時代に、160km/hという数字はあまりにも突出している。SS100は1924年、1929年、1937年の3度にわたって世界速度記録を更新し、1937年にはエリック・ファーニホウが平均時速273km/hという地上最速記録を叩き出した。これは東名高速道路の最高速度の約2倍という、想像を絶するスピードだ。
SS100と切っても切れない縁があるのが、トーマス・エドワード・ロレンス、通称「アラビアのロレンス」だ。1962年公開の映画でも有名なこの英国陸軍将校は、大のバイク愛好家として知られ、生涯で7台ものブラフシューペリアを乗り継いだ。しかも1台ずつに「ジョージ」などのニックネームをつけるほどの熱狂的なファンで、8台目の納車を直前に控えていた。
ロレンスは1935年5月13日、愛車を駆りイングランドのドーセット州を走行中、前方の少年2人を自転車に乗っているのを避けようとして転倒。当時ヘルメットを着用しておらず、頭部に重傷を負って6日後に46歳で命を落とした。この悲劇は後に、英国でバイク用ヘルメットの着用が法的に義務付けられるきっかけの一つになったとされる。ロレンスという歴史的人物が命をかけて愛したバイクとして、SS100の名は不滅の伝説となった。
知っておくと役立つトリビアがある。アニメ・ライトノベル『キノの旅』(時雨沢恵一著)の主人公が乗るモトラド「エルメス」は、このSS100がモデルになっている(作者本人がSNSで明言)。2003年放映のアニメ第1作では実車のエンジン音が使われたほどだ。バイク好き同士の会話でこのトリビアを披露すれば、会話が一気に盛り上がるだろう。
ブラフシューペリアは1940年にオートバイの生産を停止し、戦後はロールスロイス製航空機エンジンのパーツ生産などで事業を細々と継続したが、1950年代に会社を閉鎖した。その後、長い沈黙の時代が続く。
21世紀に入り転機が訪れたのは、フランス人実業家ティエリー・アンリエットがブラフシューペリアの商標権を取得したことだ。彼は2013年、イタリア・ミラノで開催されるEICMA(ミラノ国際モーターサイクルショー)の舞台で新生ブラフシューペリアの試作車を初公開する。製造拠点はフランス南西部のトゥールーズ近郊に置かれ、2016年より正式な生産が始まった。
復活が難しかったのは、単なる資金の問題ではない。当初、このプロジェクトは何度も頓挫を繰り返したと伝えられている。重要な転機となったのが、アストンマーティンとのパートナーシップだ。アストンマーティン創業100周年とブラフシューペリア100周年が重なった2019年、両社は共同でコラボモデル「AMB 001」を発表。この協業によって、独自の88度バンク角Vツインエンジンの生産が本格的に軌道に乗ったとされる。
復活した新生ブラフシューペリアの製造哲学は、往年と同じく「徹底したハンドクラフト」だ。フレームはチタンと鋼管を組み合わせた軽量構造で、フレーム部材全体の重量はわずか4.5kgという驚異的な軽さを実現している。これはA4用紙を8枚重ねたノートパソコン(約4〜5kg)と同等の重さで、バイクのフレームとして考えると信じがたい数値だ。1台ずつ職人が手作りするため、同じ仕様の車両は存在しないという哲学は、100年前からまったく変わっていない。
現在のブラフシューペリアが展開するラインナップは、大きく分けて公道走行可能なモデルとサーキット専用モデルに分かれる。全モデルに共通するのは、997cc・バンク角88度の水冷V型2気筒DOHCエンジンだ。88度という独特のバンク角は、車体の前後長を一般的な90度V型より30mm短縮するために採用された、徹底したこだわりの数字である。
| モデル名 | 価格(税込) | 生産台数 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| S.S.100 | 約1,392万円 | 限定300台 | 公道走行可能、ブランドの象徴モデル |
| Lawrence(ロレンス) | 約1,392万円 | 限定188台 | 2シーター、ロレンス短剣の曲線がデザインに |
| AMB 001 PRO | 約2,900万円 | 限定88台 | サーキット専用、アストンマーティンとのコラボ |
| RMB01 | 約4,200万円 | 限定150台 | リシャール・ミルとのコラボ(2025年発表) |
現行SS100は最高出力102PS(75kW)/9,600rpm、最大トルク87Nm/7,300rpmというスペックを誇る。乾燥重量は190kg以下と軽量で、パワーウェイトレシオはリッタースーパースポーツにも引けを取らない。サスペンションにはBMWやホンダ・ゴールドウイングなどごく限られた車種しか採用していないウィッシュボーン式フロントサスを採用し、ノーズダイブのない安定したブレーキング特性を実現している。
これは使えそうだ。ウィッシュボーン式フロントサスは、自動車では広く普及しているが、バイクでの採用例は世界的に見ても片手で数えられる程度しかない。一般的なテレスコピック式より部品点数が多く製造コストが跳ね上がるため、量産車への採用はほぼ不可能な構造だ。これが採用できること自体が、少量生産ハンドクラフトのブラフシューペリアにしかできない芸当といえる。
参考:ブラフシューペリア日本正規サイト(モデルラインナップ・価格詳細の確認に)
Brough Superior Motorcycles Japan 公式サイト
「1,400万円は無理でも、ブラフシューペリアの世界観に触れたい」と感じるライダーは少なくない。ここでは、現実的にブラフシューペリアに近づくための方法を3つ紹介する。
まずイベントへの参加だ。ブラフシューペリアジャパンは東京に国内唯一のディーラーを構えており、試乗やイベントの情報はメール(info@pistaenterprises.com)で問い合わせが可能だ。日本語対応スタッフが在籍しており、購入を前提としなくてもブランドの世界観に触れる機会が提供されることがある。また東京モーターサイクルショーなどの大型イベントへの出展情報も、公式サイトで確認できる。
次に中古市場の活用だ。1920〜1940年代に製造されたオリジナルのブラフシューペリアは現在もオークションに出回ることがある。ただし、バイク史上最高額の4,500万円超という落札例もあるため、コレクターズアイテムとして見た方が現実的だ。状態や仕様によって価格は大きく異なるので、ヴィンテージバイクの査定ができる専門業者に相談するのが賢明だろう。
最後に「似ている雰囲気を楽しむ」アプローチだ。これは独自視点だが、ブラフシューペリアのようなヴィンテージインスパイアのデザインと質感を求めるなら、同じ英国系Vツインブランドのトライアンフ「スラクストン RS」(約160万円)やノートン「コマンダー」シリーズが比較候補として挙がることが多い。見た目の雰囲気や英国バイク特有の乗り味という点で参考になるモデルたちだ。もちろんブラフシューペリアの代替品にはなりえないが、まず「英国バイクの魂」を体に刻む第一歩としては十分に意味があると考えるライダーも多い。
厳しいところですね。しかし、1台に1,400万円以上を投じるオーナーたちは、単にバイクを買っているのではなく、手作業で生み出された唯一無二の存在と、それにまつわる100年の物語を購入している。その哲学を理解してから触れると、ブラフシューペリアの価値がまったく違って見えてくる。
参考:ブラフシューペリア ロレンスの詳細スペックと乗り味レポート
【ブラフシューペリア・ロレンスがいま甦る】100年前からオーダーメイドの哲学 – RIDE HI
ブラフシューペリアが単なる「高い旧車ブランドの復活」にとどまらない理由の一つが、ここ数年で立て続けに実現した豪華コラボレーションの数々だ。
最初の大きなコラボは2019年発表の「AMB 001」だ。アストンマーティン×ブラフシューペリアの頭文字を取った車名を持つこのモデルは、997ccVツインにツインターボを組み合わせ、最高出力180PS、乾燥重量188kgというスペックを実現したサーキット専用機。100台限定で約1,300万円という価格設定は、発表から短期間で完売した。AMB 001の後継モデルとなる「AMB 001 PRO」では出力が225PSに向上し、F1カー並みのパワーウェイトレシオ1.28PS/kgという規格外の数値を達成している。AMB001の限定数が「88台」なのは、アストンマーティンの創業年「1913年」から、ブラフシューペリアが採用した「88度バンク角エンジン」の数字への敬意を込めたものだ。
そして2025年7月に発表された最新コラボが、高級時計ブランド「リシャール・ミル」との共同開発モデル「RMB01」だ。価格は約4,200万円、世界限定150台という超希少モデルで、バイクのメーターパネルにリシャール・ミルの時計製造哲学を凝縮した専用設計のメーターを搭載している。アルミニウム製バックボーンフレームとカーボンファイバー製モノコックを融合した構造は、未来的でありながらブラフシューペリアのクラフトマンシップが随所に息づく。
これらのコラボが示すのは、ブラフシューペリアが単独のバイクブランドを超えた「プレミアムライフスタイルの象徴」として機能し始めているという事実だ。時計、自動車、バイクという異なるジャンルの頂点が一堂に会するコラボが次々と実現できる背景には、ブランドが持つ「圧倒的な希少性」と「100年の物語性」がある。意外ですね。世界屈指の時計ブランドが、バイクの新作発表をするという現代の光景は、ブラフシューペリアという稀有なブランドなくして生まれなかっただろう。
参考:リシャール・ミル×ブラフシューペリア「RMB01」の詳細情報