

バイクに乗らない日でも、フルードの劣化はじわじわ進んでいます。
ブレーキフルードは、ブレーキレバーを握った力をキャリパーへ伝える「油圧の媒体」です。正式にはオイルではなく「フルード(作動液)」と呼ばれ、滑りをよくする役割ではなく、圧力をそのまま届ける役割を担っています。名前に「オイル」が入っていないのは、そういった理由からです。
重要なのは、この液体が空気中の水分を自然に吸い込む性質(吸湿性)を持っていることです。密閉されているようでも、リザーバータンクのダイヤフラム(ゴム製の内蓋)を通じて、少しずつ湿気を取り込み続けます。バイクに乗っていない期間も吸湿は止まりません。
水分が混入すると、沸点が大幅に下がります。新品のDOT4フルードのドライ沸点は230℃以上ですが、吸湿率が3.7%に達した状態(ウェット沸点)では155℃以上という基準まで落ちます。つまり、1〜2年でフルードの沸点は50℃以上低下する可能性があるのです。東京の真夏に峠を下りながらブレーキをかけ続けると、キャリパー周辺の温度は120℃を超えることもあります。そこから先はあと30℃ちょっとの余裕しかない、ということになります。
沸点を超えると気泡が発生します。これがいわゆる「ベーパーロック現象」で、ブレーキレバーを握っても油圧が伝わらず、ブレーキがまったく効かなくなる状態です。フルードの劣化は「乗り味が少し変わった」程度の予兆から始まり、最悪の場合は制動不能へとつながります。
つまり定期交換が必須です。
参考:ブレーキフルードの吸湿率と沸点の関係を詳しく解説(ウェビックニュース)
交換の目安として広く知られているのは「2年ごと、または走行距離1〜2万km」という基準です。これはメーカー各社のサービスマニュアルでも採用されており、ホンダ・ヤマハ・スズキ・カワサキいずれも概ね同様の基準を設けています。
ただし、この目安には見落とされやすいポイントがあります。走行距離が少ないからといって安心してはいけません。フルードは乗らない期間も空気中の湿気を少しずつ吸収し、劣化し続けます。週1回しか乗らないライダーでも、2年が経過すれば交換のタイミングです。
| バイクの条件 | 推奨交換サイクル |
|---|---|
| 251cc以上(車検あり) | 2年ごと(車検のタイミングで) |
| 250cc以下(車検なし) | 2年ごと(法定12ヶ月点検の際に確認) |
| サーキット走行・峠走行が多い | 1年ごとまたはシーズン前 |
| 色が黒ずんでいる・濁りが強い | 走行距離・年数に関わらず即交換 |
特に注意が必要なのが、車検のない250cc以下のバイクです。定期点検の強制力が弱く、フルードの交換が何年も放置されるケースが少なくありません。250cc以下の中古車を購入した際は、フルードの交換履歴を必ず確認することをすすめます。
フルードの色は劣化具合の目安になります。新品は透き通った薄い黄金色ですが、茶色〜黒っぽい色に変わっていたら即交換のサインです。マスターシリンダーに確認窓がある車種は、乗り出し前に横からのぞいて確認する習慣をつけておくと良いでしょう。
色が黒い、これは要注意です。
参考:バイクのブレーキフルードの交換目安と劣化の見分け方(グーバイク)
ブレーキフルードを購入するときに必ず目にするのが「DOT3」「DOT4」「DOT5」という規格表示です。これはアメリカの運輸省(Department of Transportation)が定めた性能基準で、数字が大きいほどドライ沸点・ウェット沸点ともに高い性能を持ちます。
バイクのマスターシリンダーキャップには必ず指定規格が記載されています。DOT4指定の車種にDOT3を使用するのはNGです。逆にDOT3指定車にDOT4を使うのは性能面では問題ありませんが、DOT規格が異なるものをむやみに混ぜる行為は避けるべきです。
最大の注意点は「DOT5と他の規格の混合」です。DOT5はシリコン系、DOT3・4・5.1はグリコールエーテル系と主成分がまったく異なります。混ぜると液が分離し、ブレーキが正常に動作しなくなる可能性があります。
DOT5は混合NG、これが原則です。
間違えて混合してしまった場合は、一度すべてのフルードを抜き切り、新しいフルードに全量入れ替える必要があります。その際は自信がなければショップに依頼するほうが確実です。
ブレーキフルードの交換は、適切な知識と工具があれば自分でも行える作業です。プロに依頼すると1ライン(フロントまたはリア)につき2,500〜5,000円程度の工賃がかかりますが、自分でやればフルード代(1Lあたり約500〜2,000円)と最低限の工具代だけで済みます。
必要な工具リスト
基本的な交換手順(フロントブレーキの場合)
作業後は必ずブレーキレバーを何度も握り、しっかりとした硬い感触(カチッとした感覚)が戻ることを確認してください。ふわふわした感触が残っている場合は、エア(空気)が混入している証拠です。この状態で走ると非常に危険なため、エア抜き作業が必要になります。
これは慎重さが条件です。
ブレーキフルードは塗装面に非常に強いダメージを与えます。主成分であるエチレングリコールが塗装内部に浸透して「膨潤」という変形を引き起こし、塗装が剥がれる原因になります。作業中にこぼれたらすぐに大量の水で洗い流すことが必要です。拭いただけでは不十分で、ボディ・タンク・フレームへの付着には細心の注意を払ってください。
参考:ブレーキフルードの交換方法と塗装への注意点(アストロプロダクツ)
近年のバイクに広く普及しているABS(アンチロック・ブレーキ・システム)搭載車では、ブレーキフルードの交換難易度が一段上がります。これは意外と知られていない落とし穴です。
ABSが搭載されている場合、ブレーキラインの途中にABSユニットが介在しています。このユニットの内部にもフルードが満たされており、ここにエアが混入してしまうと、通常のブレーキレバーを握る手作業だけでは空気を抜ききることができません。専用のスキャンツール(バイクに接続してABSモジュールを強制作動させる診断機器)を使わないと、ABSユニット内部のエア抜きが完結しないからです。
スキャンツールは一般ライダーが個人で持つことは少なく、価格も数万円〜数十万円します。つまり、ABS搭載車でフルード交換中に誤ってエアを噛ませてしまうと、ショップに持ち込むしかない状況になる可能性があります。
ABS搭載のバイクでセルフ交換をする際は、「タンクが半分になったら補充」「ブリードスクリューの開きすぎに注意」という基本を普通車以上に徹底することが肝心です。慣れていないうちはプロに任せるのが安全で、特にABS搭載の250cc以下のバイク(近年急増中)は要注意です。
ショップでの工賃はABS有無によらず概ね同水準(1ライン2,500〜5,000円)なので、不安があればプロに依頼することで余計なリスクとトラブルを避けられます。これは使えそうです。
参考:ABS付きバイクのブレーキフルード交換における注意事項(buga.work)
参考:バイクのブレーキフルード交換の工賃・費用の目安(グーバイク)