

デスモドロミックを廃止したモデルでも、170psを超えるパワーが出ます。
デスモドロミックとは、ドゥカティが1956年から採用し続けてきた独自のバルブ開閉機構のことです。ギリシャ語の「デスモス(つなぐ)」と「ドロモス(道)」を語源とした造語で、日本語では「強制弁開閉機構」とも呼ばれます。
通常の4ストロークエンジンは、バルブを開くときはカムが押し、閉じるときはスプリングの反発力を使います。しかしデスモドロミックは、開く動作も閉じる動作もすべてカムとロッカーアームで「強制的に」コントロールします。スプリングを使わないことが最大の特徴です。
これがなぜ画期的だったのかというと、高回転時のバルブ制御精度に直結するからです。スプリングには「高回転になると追従できなくなる」という物理的な限界(バルブサージング)があります。デスモドロミックはその限界を排除し、エンジンの高回転・高出力化を可能にしました。
つまりデスモドロミックです。
1956年にファビオ・タリオーニ氏が開発した125GPレーサーが初採用で、同年のスウェーデンGPでデビューウィンを飾っています。その後1968年の公道市販車「250マーク3デスモ」へと技術が受け継がれ、以来70年近くドゥカティのアイデンティティを形成してきました。世界の自動車・二輪メーカーの中で、このデスモドロミックを公道用市販車に実用化できたのはドゥカティただ一社のみです。唯一無二の技術といえます。
ただし、デスモドロミックにはデメリットも存在します。部品点数が一般的なスプリング式に比べて大幅に多く、製造コストが上がります。さらに整備においても、バルブクリアランスの調整が非常に繊細で、専門スキルを持つメカニックが必要です。このデメリットが、廃止の流れへとつながる布石になっていきます。
「デスモドロミック廃止」が業界で話題になったのは、2021年のムルティストラーダV4が最初の大きなきっかけです。ドゥカティが初めて大排気量(1158cc)のV4エンジンにデスモドロミックを採用しないという決断を下したモデルです。
デスモドロミックを廃止・非採用のモデルを整理すると、以下のようになります。
| モデル名 | エンジン | 廃止年 | 採用方式 |
|---|---|---|---|
| ムルティストラーダV4 | V4グランツーリスモ(1158cc) | 2021年〜 | バルブスプリング式 |
| ディアベルV4 | V4グランツーリスモ(1158cc) | 2023年〜 | バルブスプリング式 |
| パニガーレV2(新型) | 新型V2エンジン(890cc) | 2025年〜 | バルブスプリング式 |
| ストリートファイターV2(新型) | 新型V2エンジン(890cc) | 2025年〜 | バルブスプリング式 |
逆に、2025〜2026年時点でもデスモドロミックを継続しているモデルもあります。パニガーレV4系(デスモセディチ・ストラダーレ搭載)やパニガーレV4 R、ストリートファイターV4などのフラッグシップスポーツモデルです。これらはMotoGP由来の技術をそのまま市販車に落とし込む方向性を持っているため、まだ廃止されていません。
廃止と継続が混在している状況といえます。
ただし注目すべきは流れです。ドゥカティの売上を支えているのは実はスーパースポーツではなく、ツーリング系のムルティストラーダシリーズです。2019年の世界販売台数データでは、ムルティストラーダシリーズ単体で全体の約4分の1(12,160台/53,183台)を占めていました。つまり「よく売れるモデルから順にデスモドロミックが廃止されている」という現実があります。
ライドハイ|ドゥカティがデスモドロミックではないV4エンジンを開発した理由(ムルティストラーダV4廃止の経緯と技術的背景を詳解)
なぜドゥカティは伝統のデスモドロミックを手放し始めたのか。大きな理由は3つあります。
理由① 排ガス規制への対応(ユーロ5/5+)
欧州の排ガス規制「ユーロ5」、さらに厳しい「ユーロ5+」への適合が、エンジン設計全体に大きな制約を与えています。デスモドロミックはバルブ開閉を強制コントロールするため、可変バルブタイミング(VVT)などの最新技術と組み合わせる際に技術的な制約が生じやすい構造です。2025年モデルの新型V2エンジンが廃止に踏み切った背景の一つに、この規制適合と新技術の統合の難しさがあると見られています。
理由② 車両の軽量化・コンパクト化
デスモドロミックはスプリング式に比べて部品点数が多く、ヘッドが重くなります。新型パニガーレV2(2025年)では、デスモドロミック廃止によって先代モデルから約9kg(エンジン単体での比較)の軽量化を達成しています。これはスーパースポーツバイクにとって非常に大きな数字です。ハガキ1枚が約5gですので、9kgとは約1,800枚分の重量差。ライダーが実際に体感できるレベルです。
軽量化は運動性能の直接的な向上につながります。
理由③ メンテナンスコストと整備サイクルの改善
デスモドロミックモデルにはバルブクリアランスの定期調整(通称:デスモサービス)が必要です。ドゥカティは近年このサービス間隔を24,000km(一部モデルでは30,000km)まで延長しましたが、それでも1回あたりの作業コストは決して安くありません。
一方、スプリングバルブを採用したV4グランツーリスモエンジン(ムルティストラーダV4など)では、バルブクリアランス調整サイクルが60,000kmまで延びています。これは地球1.5周分に相当する距離で、ランニングコストが大幅に改善されます。
コスト面は現実的なメリットです。
このように、廃止の理由は「デスモドロミックが時代遅れになった」のではなく、「それぞれのモデルのユーザー層と使い方に合わせた判断」という見方が正確です。
ドゥカティ公式|サービス&メンテナンスページ(デスモサービス間隔24,000kmの公式記載あり)
デスモドロミックを廃止したモデルを購入する場合、維持費の構造は大きく変わります。知らないと損する部分なので、具体的な数字で整理します。
まずデスモドロミック搭載モデルの維持費を押し上げている最大の要因が「デスモサービス」です。これはバルブクリアランス調整を含む整備で、バルブとロッカーアームの隙間を数十ミクロン単位で管理する非常に精密な作業です。分解工数が多く、専門スキルが必要なため、部品代と工賃を合わせると一般的に10万〜15万円以上かかるとされています(モデル・ショップによって異なります)。
デスモドロミックモデルの車検が高額になりやすいのは、このデスモサービスが車検時期と重なりやすいからです。標準的な車検費用(6〜9万円前後)に、デスモサービス(10〜15万円以上)が加わると、1回の出費が20万円を超えることもあります。これが痛いところです。
一方、デスモドロミックを廃止したモデル(ムルティストラーダV4など)では、このデスモサービスという概念自体が存在しません。バルブクリアランス調整サイクルも60,000kmと長く、年間1万km走行のツーリングライダーなら6年に1度程度の間隔で済む計算です。
具体的な比較イメージを以下に示します。
| 項目 | デスモドロミックモデル | 廃止モデル(スプリング式) |
|---|---|---|
| バルブ調整サイクル | 24,000km〜30,000km | 60,000km |
| 1回の調整費用目安 | 10〜15万円以上 | 一般的なバルブ調整相当 |
| 重整備が重なる年の車検費用 | 15〜25万円以上 | 10〜15万円前後 |
| オイル交換サイクル(V4GT) | モデルによる | 15,000kmまたは2年 |
ドゥカティ購入を検討している場合、購入価格だけでなく5〜10年のトータルコストを計算することが重要です。デスモドロミック搭載モデルの中古を安く入手しても、走行距離が3万kmを超えた車両はデスモサービスが近い可能性が高く、購入直後に高額の整備費が発生することがあります。
中古市場ではこのコストを理由に手放す人が一定数います。デスモドロミック搭載モデルの中古が比較的安価に流通しているケースがある背景の一つです。購入前に整備記録を確認することが基本です。
Riders Chronicle|ドゥカティの車検費用はいくら?(デスモサービスと車検費用の詳細な内訳解説)
「デスモドロミックを廃止したドゥカティはもうドゥカティじゃない」という意見をライダーの間で耳にすることがあります。実際のところ、廃止後のパフォーマンスはどうなのでしょうか?
結論から言えば、廃止=性能低下ではありません。
まず2021年に登場したムルティストラーダV4のV4グランツーリスモエンジン(デスモドロミック非採用)は、1158ccから最高出力170psを発揮しています。これはクラス最強レベルの数字です。先代のムルティストラーダ1260(デスモドロミック搭載)の158psをすでに上回っています。
2025年モデルの新型パニガーレV2についても、デスモドロミック廃止にもかかわらず890ccの新エンジンで120psを実現しました。先代パニガーレV2の155psからは下がっていますが、これはエンジン搭載数も排気量も異なる比較で、デスモドロミック廃止だけが原因ではありません。先代はV型2気筒955ccのテスタストレッタ11°(デスモドロミック搭載)でしたが、新型は890ccの軽量新型エンジンです。車体重量はエンジン単体で約9kg軽くなっています。
さらに見落とせないのが、現代のバルブスプリング技術の進化です。材質・精密加工・設計技術が大幅に向上した現在、1970〜80年代当時とは比べものにならない耐久性と高回転対応性能を持つスプリングが実用化されています。10,500rpm以上での安定動作も十分に可能な水準です。
つまりこういうことです。デスモドロミックが生まれた1950〜60年代はスプリングの材質限界をカバーする必要があったが、現代ではその必要性が相対的に低下しています。技術的な代替手段が成立しているということです。
ただし、MotoGPを頂点とする純粋なスポーツ走行の世界では、デスモドロミックは今なお優位性を持ちます。パニガーレV4系がデスモドロミックを継続しているのはその証拠です。「レース直系の技術」という価値は依然として健在で、デスモドロミックを「乗ることへのこだわり」として選ぶ価値は残り続けます。
ヤングマシン|ドゥカティの2気筒・4気筒エンジンの最新動向(デスモドロミック廃止後の技術的方向性を解説)
デスモドロミック廃止の流れを踏まえたうえで、ドゥカティの購入を検討しているライダーが実際に役立てられる視点をまとめます。
まず「どのモデルを選ぶか」という観点では、使い方によって最適解が変わります。週末のツーリングメインで年間5,000〜10,000km程度走るライダーには、デスモドロミック廃止モデルのほうが長い目で見て維持コストを抑えやすいです。逆に、ドゥカティのレース直系技術を体感したい・サーキット走行も視野に入れているなら、パニガーレV4系のデスモドロミック搭載モデルが依然として選択肢として強力です。
次に「中古車の選び方」についても注意が必要です。
デスモサービスが条件次第で高額になることを知らずに中古を購入してしまうケースは珍しくありません。購入前に整備記録の確認は必須です。
また、デスモドロミック廃止モデルを狙う場合でも、ドゥカティ共通のコスト特性(純正・推奨部品の単価、専門工賃など)は変わらない点には注意が必要です。廃止モデルでも「一般的なバイクと同じ維持費」にはなりません。あくまで「デスモサービスが不要になる」という部分だけが軽減されます。
なお、ドゥカティのバルブクリアランス調整やタイミングベルト交換などの高度な整備を得意とする専門ショップを事前にリストアップしておくことも実践的な対策です。正規ディーラーだけでなく、認証工場の専門ショップでも対応可能なケースがあり、工賃の差が出ることもあります。購入前の段階で「どこでメンテナンスするか」を決めておくことが、長く乗るためのコツです。
ドゥカティ公式メンテナンスページ(各モデルのサービス間隔と推奨整備内容の確認に活用できます)