

空気圧を30%下げただけで、あなたのバイクの燃費は最大20%も悪化しています。
バイクが走り出した瞬間から、常に「前に進もうとするエンジンの力」に対抗する力が働いています。これを総称して走行抵抗といいます。整備士試験でも頻出の基礎知識ですが、バイク乗りが理解しておくと日常メンテの意味が格段にクリアになります。
走行抵抗は大きく4種類に分類されます。転がり抵抗・空気抵抗・勾配抵抗・加速抵抗の4つです。それぞれが異なる場面で異なる大きさで発生し、合計した値が「バイクを走らせるために必要なエンジン出力の下限」を決めるわけです。
まず転がり抵抗は、タイヤが路面を転がるときに生じる抵抗です。計算式は以下のとおりです。
$$R_1 = \mu_r \times M \times g$$
ここでμr(転がり抵抗係数)はアスファルト舗装路で約0.01、Mはライダー込みの総質量(kg)、gは重力加速度(9.8m/s²)です。たとえばライダー込みで総重量250kgのバイクであれば、転がり抵抗は250×9.8×0.01=約24.5N(ニュートン)となります。これはおよそ2.5kgのダンベルを常に後ろから引っ張られているイメージです。
次に空気抵抗は速度の2乗に比例して急増する厄介な抵抗です。
$$R_2 = \frac{1}{2} \times C_d \times A \times \rho \times v^2$$
Cdは空気抵抗係数、Aは前面投影面積(m²)、ρは空気密度(約1.225kg/m³)、vは速度(m/s)です。速度が2倍になると空気抵抗は4倍になるため、高速道路走行時の走行抵抗の半分以上を空気抵抗が占めます。これが原因で高速走行ほど燃費が落ちるわけです。
勾配抵抗は坂道での抵抗で、計算式は次のとおりです。
$$R_3 = M \times g \times \sin\theta$$
勾配が急になるほど大きくなります。角度θが小さいときは sin θ ≒ tan θ として近似できるため、「10%勾配の坂では全重量の10%分の力が後ろに引っ張る」と考えるとイメージしやすいです。
最後に加速抵抗は速度を上げるときに生じる抵抗で、急加速するほど大きくなります。
$$R_4 = (M + M') \times \alpha$$
M'は回転部分相当慣性質量(エンジン・ホイールなどの回転体の慣性)、αは加速度(m/s²)です。急発進を繰り返すと燃費が悪化するのは、この加速抵抗が増大するためです。つまり「じわっと加速」が燃費の基本です。
整備士試験では「勾配抵抗は車速によって変化しない(勾配角度と車重だけで決まる)」という点がよく出題されます。走行抵抗4種類のうち、車速の影響を受けないのは勾配抵抗のみ、という点は押さえておきましょう。
自動車整備士.com:整備士登録試験・こう配抵抗の解説(計算式・選択肢の解説あり)
転がり抵抗係数μrは、タイヤ空気圧によって大きく変化します。これが走行抵抗の計算において最も現実的にコントロールできる要素です。空気圧を適正に保つことが、実は最安値の燃費改善策でもあります。
JAFの実験データによると、タイヤ空気圧が適正値より30%低下すると燃費は平均4.6%悪化、60%低下するとなんと12.3%悪化することが確認されています。バイクで月に200Lのガソリンを使う(燃費20km/L、月4,000km走行)場合、1L=170円で計算すると年間の燃料費は約40万8,000円になります。空気圧が30%不足していると燃費4.6%悪化するので、年間で約1万8,800円の余計な出費になる計算です。
$$\text{年間ロス} = 40{,}800 \times 0.046 \approx 1{,}877 \text{円/月} \approx 22{,}500 \text{円/年}$$
「空気圧をちょっと確認するだけで年2万円以上節約できる」わけです。これは使えそうです。
なぜ空気圧が落ちると転がり抵抗が増えるかといえば、タイヤの変形が大きくなるためです。タイヤが路面に接地する際に潰れ→復元を繰り返しますが、この変形でゴム内部に熱としてエネルギーが逃げていきます。転がり抵抗の約9割はこのタイヤ変形エネルギー損失が原因です。空気が少ないとタイヤが柔らかくなり、変形量が増えて損失も増える仕組みです。
空気圧チェックに関する注意点があります。バイクのタイヤは自然に月1割程度の空気が抜けていきます。気づかないうちに適正値を下回っていることが多く、「走っていても特に違和感がない」と感じるライダーほど要注意です。最低でも月1回、できれば乗る前に確認するのが理想的です。
空気圧チェックはガソリンスタンドやバイクショップで無料または数十円で行えます。エアゲージを1本(1,000~2,000円程度)持っておくと、自宅でいつでも確認できるので便利です。バイクの場合は「冷間時(走行直後を避けた状態)」に計測するのが原則です。
JAF:タイヤの空気圧不足による燃費への影響(実験データ・数値あり)
走行抵抗を語るとき、多くのライダーが見落としがちな要素がチェーンを含む駆動系の状態です。エンジンが生み出した駆動力は、変速機→チェーン→スプロケット→リアホイールという経路で路面に伝わります。この経路の途中で失われるエネルギーが「機械的摩擦抵抗」として走行抵抗に加算されるわけです。
チェーンのたるみは2〜3cm程度が適正値とされています。たるみが大きすぎるとチェーンが暴れてスプロケットとの噛み合いが不安定になり、駆動ロスが増大します。逆に締めすぎると常にテンションがかかり続けてチェーンとベアリングに余計な負荷がかかり、同じく摩擦抵抗が増えます。適正範囲とは、実は「走行抵抗を最小にする調整値」でもあるわけです。
チェーンオイルの管理も重要です。チェーンのオイルが切れると金属同士が直接擦れ合い、フリクションロス(摺動抵抗)が大幅に増えます。ある整備士のブログでは、オイルが切れた状態のチェーンでは燃費が26〜27km/Lから悪化したという実例が紹介されています。チェーン清掃→注油のセットを3,000km走行または月1回を目安に行うと、この摩擦ロスを防げます。
ホイールベアリングの劣化も走行抵抗の増加につながります。ベアリングが摩耗すると回転時の抵抗が増え、ニュートラルでバイクを押したときに「重い」と感じるようになります。この感覚は走行抵抗が実際に増加しているサインです。「バイクを押すと以前より重く感じる」という場合は、チェーン・ブレーキの引きずり・ベアリングの3点を順にチェックしましょう。
ブレーキの引きずりもチェックポイントです。ブレーキパッドがディスクに軽く当たり続ける「引きずり状態」は、走行抵抗を大きく増やします。片輪だけ常に軽くブレーキをかけながら走っているようなものです。キャリパーピストンの固着やパッドの偏摩耗が原因となることが多く、年1回の定期点検でチェックしてもらいましょう。
2りんかんブログ:チェーンメンテナンスと燃費・フリクションロスの関係
高速道路を走行するとき、バイクの走行抵抗における空気抵抗の占める割合は時速100km超で全体の50〜70%以上になります。つまりこの速度域では、エンジンが消費するガソリンの半分以上が「空気を押しのけるため」に使われているということです。
空気抵抗の計算式をもう一度確認すると、R₂ = ½ × Cd × A × ρ × v² でした。ここで重要なのは前面投影面積Aです。バイクの場合、ライダーの姿勢変化によってこのAが大きく変わります。前傾姿勢を取ってタンクに伏せるだけで、前面投影面積が減り空気抵抗が体感できるレベルで変化します。
具体的には、ネイキッドバイクで直立姿勢と伏せ姿勢を比べると、空気抵抗係数×前面投影面積(CdA値)に10〜15%程度の差が生まれます。時速100kmで走行中に空気抵抗が10%減れば、燃費も数%向上する計算です。フルカウルのスポーツモデルはライダーを包み込む形状でこのCdA値を下げるために設計されています。
風圧について、ひとつ面白いデータがあります。速度が2倍になると空気抵抗は4倍(2の2乗)になります。時速60kmで走るときの空気抵抗を1とすると、時速120kmでは約4倍になる計算です。高速道路での走行はそれだけ大きなエネルギーを消費しているわけです。
バイクの車種ごとのCd値(空気抵抗係数)にも注目しましょう。一般的なネイキッドバイクのCd値は0.7〜0.9程度、フルカウルのスーパースポーツでは0.35〜0.5程度とされています。車種を変えることは現実的ではありませんが、カウルの追加・スクリーンの高さ調整・ライディングポジションの工夫で空気抵抗を管理することは可能です。
高速道路ツーリング前には、タイヤ空気圧を指定値の上限寄りに設定すると転がり抵抗を抑えられます(ただし過剰な高圧は路面追従性を下げるため指定値内に留めること)。空気圧・姿勢・スロットル操作のすべてが走行抵抗に関係しているということです。
AutoExe:走行抵抗の計算式と各要素(Cd・前面投影面積・速度との関係)
整備士の視点では、バイクの「走行性能の余裕」は「駆動力と全走行抵抗の差」で判断します。これを「余裕駆動力」と呼びます。計算式はシンプルです。
$$\text{余裕駆動力} = \text{駆動力} - \text{全走行抵抗}$$
この差がプラスの間はバイクが加速でき、差がゼロになった速度が理論上の最高速度になります。走行抵抗が増えると余裕駆動力が減り、「以前より坂でパワーが足りない」「加速が鈍くなった」という症状として現れます。これは整備不良の初期サインです。
整備士が実際に行う走行抵抗の測定方法として「惰行法(だこうほう)」があります。ニュートラルにして惰性走行させ、各速度域での減速時間から走行抵抗を逆算する方法です。JIS D1036(二輪自動車の惰行試験)にも規定されており、二輪の型式認定試験にも使われています。専門的な設備がなくても、走行抵抗の変化は「惰行距離」で比較することができます。
普段のライダーができる簡易チェックとして、一定速度で走行中にスロットルをゼロにして惰性で何m走れるかを測る方法があります。同じ道・同じ速度で以前より惰行距離が短くなっていたら、走行抵抗が増加している可能性があります。
全走行抵抗の増加は燃費悪化として現れる前に、まず「加速感の低下」として体感されることが多いです。チェーン・空気圧・ブレーキ引きずりを順番に確認するだけで、多くのケースは改善できます。整備士に依頼する場合、この3点を事前にチェックしてから持ち込むと診断が早くなります。
走行抵抗が増えると燃費が悪化し、エンジンに余計な負荷もかかります。長期的にはエンジン寿命にも影響するため、走行抵抗の管理は「燃費管理」であると同時に「バイクの寿命管理」でもあります。走行抵抗の4種類を理解することが、賢いバイクメンテの出発点です。
JIS D1036:二輪自動車の惰行試験によるシャシダイナモメータの設定方法(日本産業規格)
Grease Monkey:自動車の走行性能(走行抵抗と駆動力・走行性能曲線図の解説)