ヨシムラスズキ8耐の歴史と2025年最新参戦情報

ヨシムラスズキ8耐の歴史と2025年最新参戦情報

ヨシムラスズキと8耐の歴史と最新参戦情報

ヨシムラのレーシングマフラーは公道で使うと整備不良で違反になり、車検も通りません。


📌 この記事の3つのポイント
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1978年から続く伝統

ヨシムラスズキは第1回鈴鹿8耐(1978年)で優勝した最初のチーム。スズキGS1000をベースに、現在も続くレジェンドの歴史がここから始まった。

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スズキ撤退後も世界で勝ち続けている

2022年にスズキがMotoGPを撤退した後も、ヨシムラ SERT MotulはEWC(世界耐久選手権)にスズキGSX-R1000Rで参戦し、2024年シーズンにEWCチャンピオンを獲得した。

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レースと市販品は別物

ヨシムラのレーシングマフラーは公道使用不可。市販ラインには「政府認証品」と「レーシング品」の2種類があり、公道使用には必ず政府認証品を選ぶ必要がある。


ヨシムラスズキ8耐の起源:1978年第1回大会でいきなり優勝



鈴鹿8時間耐久ロードレース(通称「8耐」)は、1978年に三重県の鈴鹿サーキットで第1回大会が開催されました。その記念すべき初代王者こそ、ヨシムラチューンのスズキGS1000を駆ったウェス・クーリー&マイク・ボールドウィン組です。


当時のGS1000は、スズキが1978年に市販を始めたばかりの空冷DOHC直列4気筒エンジン搭載のモデルでした。ヨシムラはこのエンジンをAMA(アメリカのスーパーバイク選手権)で磨き上げた技術でフルチューン。194周を走破して優勝という、完璧すぎる結果を残します。


つまり「8耐の歴史=ヨシムラスズキの歴史」と言っても過言ではありません。


ちなみにヨシムラの創業者・吉村秀雄(通称"POP吉村")は、1954年にバイクショップを起ち上げ、1971年には世界初の二輪用集合マフラーを開発した伝説的な技術者です。この集合マフラーの発明がバイクのパフォーマンスを劇的に向上させ、世界中のレーサーに衝撃を与えました。レース志向のライダーにとって「ヨシムラ=マフラー」という印象が強いのは、こうした背景があるからです。


その後も1980年大会で2勝目(クーリー&ボールドウィン組)を獲得。ヨシムラスズキは8耐の黎明期を文字通り支えた存在でした。


ヨシムラジャパン公式:沿革・歴史(1978年の第1回8耐優勝など、ヨシムラの歴史が年表形式で確認できる)


ヨシムラスズキ8耐の歴代優勝:4度の頂点とその背景

ヨシムラスズキは8耐において通算4回の優勝を果たしています。その4勝の年と搭載マシンを整理すると以下の通りです。


優勝年 マシン 主なライダー
1978年(第1回) スズキ GS1000 ウェス・クーリー、マイク・ボールドウィン
1980年(第3回) スズキ GS1000R(XR69) グレーム・クロスビー、ウェス・クーリー
2007年(第30回) スズキ GSX-R1000 加賀山就臣、秋吉耕佑
2009年(第32回) スズキ GSX-R1000 酒井大作、徳留和樹、青木宣篤


1978年・1980年と連勝後、次の優勝まで実に27年を要しました。長い空白期間があったわけです。


2007年の優勝は印象的な内容でした。加賀山就臣がホールショットを奪うや、後続に1分以上のリードを築く完璧なレース展開。最終的に全車周回遅れにして216周を走り抜くという、ぶっちぎりの勝利でした。


2009年は3ライダー体制で酒井大作、徳留和樹、青木宣篤が担当。2位以降に1ラップ以上の差をつけての圧勝で、ヨシムラにとっては4度目の8耐制覇となりました。


2007年の優勝マシンであるGSX-R1000(第30回大会仕様)の詳細については、以下が参考になります。


鈴鹿8耐アーカイブ:第30回優勝スズキGSX-R1000の詳細レポート


ヨシムラスズキ8耐の転換点:スズキ撤退後も続く戦い

2022年、スズキはMotoGPおよびF1へのワークス参戦から撤退を発表しました。バイクファンにとっては衝撃的なニュースでしたが、ヨシムラスズキの8耐参戦はその後も続いています。これは意外に思われるかもしれません。


撤退後もヨシムラはフランスのSERT(スズキ・エンデュランス・レーシング・チーム)とのコラボレーション体制「ヨシムラ SERT Motul」としてFIM EWC(世界耐久選手権)にフル参戦を継続。スズキGSX-R1000Rを武器に戦い続けています。


その成果は数字にも表れています。


  • 2022年シーズン:EWC年間2位
  • 2023年シーズン:EWC年間2位
  • 2024年シーズン:EWCチャンピオン獲得(スズキとして21度目の世界耐久タイトル)


2024年のEWCチャンピオン獲得は特に価値ある勝利でした。ルマン24時間を優勝し、スパ8時間2位、鈴鹿8耐3位、最終戦ボルドール24時間を737周という記録的周回数で独走優勝という全戦表彰台という偉業です。


EWCにおけるスズキの通算21度のタイトル獲得は、ルマン通算15勝(史上最多)も含む圧倒的な成績です。ワークス撤退後も戦い続けるヨシムラスズキの底力が伝わる数字です。


ヨシムラジャパン公式:2024 EWC王者奪還の全記録(ライダーのコメント付き詳細レポート)


ヨシムラスズキ8耐2025:2年連続3位表彰台の過酷な戦い

2025年の鈴鹿8耐(第46回大会)は8月3日に開催されました。猛暑と多くのクラッシュが相次ぐ過酷なコンディションの中、ヨシムラ SERT Motulは2年連続となる3位表彰台を獲得しています。


優勝はHonda HRCで4連覇という快挙。2位はYAMAHA RACING TEAM。ヨシムラはEWCフル参戦チームの中では最高位となる3位でした。


2025年のライダーラインナップはグレッグ・ブラック選手、エティエンヌ・マッソン選手、ダン・リンフット選手という布陣です。チームは予選でも上位に食い込み、決勝では後半に怒涛の追い上げを見せました。


ポイントは体制です。2024年EWCチャンピオンゼッケンとして鈴鹿に臨んだヨシムラは、数字の重みと伝統の誇りを背負いながらレースを戦っています。チームの強みはなんといっても安定したピットワーク。最速クラスのピット作業と緻密な戦略が、長時間レースを制する鍵になっています。


ヨシムラジャパン公式:2025 FIM EWC Rd.3 鈴鹿8耐 決勝レポート(3位表彰台の詳細)


ヨシムラスズキ8耐の独自視点:レースが市販パーツに直結する仕組み

ヨシムラスズキが8耐などのレースに参戦し続ける理由のひとつは、「レース=市販品開発の最前線」という哲学にあります。単に勝負を楽しむためだけでなく、レースで得られたデータや技術を市販パーツに還元するという姿勢が、創業当初から一貫しています。


具体的にはマフラーを例に取ると分かりやすいです。鈴鹿8耐のような過酷な8時間レースでは、マフラーは200℃を超える排気温度と激しい振動に晒され続けます。そこで得られた耐久性・排気効率・素材のデータが、公道向け市販マフラーの開発に活かされています。


ここで注意が必要なのが「レーシングマフラー」と「市販マフラー」の区別です。


ヨシムラの製品ラインには大きく分けて以下の2種類があります。


  • 🔴 レーシングタイプ:サーキット専用、保安基準非適合、公道使用不可
  • 🟢 政府認証タイプ(JMCA認証):公道・車検対応、保安基準適合済み


ヨシムラ自身もFAQで「レーシングマフラーを公道で使用することはできません。オーナーだけでなく、取り付けたショップ・スタッフも処罰の対象となります」と明記しています。


公道でヨシムラのサウンドを楽しみたいなら、必ず「政府認証品」であることを購入前に確認する必要があります。8耐で活躍するマシンのマフラーと、市販の政府認証マフラーは全くの別物です。この違いを理解してから選ぶのが基本です。


また、近年ヨシムラは油冷GSX-Rのヘリテージパーツ事業にも力を入れています。往年のスズキGSX-R750・GSX-R1100用の補修・強化パーツを新規生産し、長く乗り続けられる環境づくりをサポートするという取り組みです。旧車乗りのライダーにとっては嬉しいニュースです。


ヨシムラジャパン公式FAQ:レーシングマフラーの公道使用に関する注意事項(公式回答あり)




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