

海沿いに立地するのに、コース上では横風ではなくアップダウンが最大の難敵です。
エストリル・サーキット(正式名称:シルクイート・ド・エストリル)は、ポルトガルのリスボン近郊・エストリルの丘陵地帯に位置する国際公認サーキットです。1972年6月17日に開業し、半世紀以上の歴史を持ちます。コース全長は4.182km(東京タワーの高さ333mを12.5本分並べた距離)で、9つの右コーナーと4つの左コーナー、合計13のコーナーで構成されたテクニカルレイアウトが特徴です。
ホームストレートの長さは約986m。これは一般道に換算すると、信号6〜7区間分に相当する距離です。このロングストレートを経てブレーキングする1コーナーへの進入がバイクの見せ場のひとつとなっています。
アクセス面では非常に恵まれた立地で、リスボンのリスボン・ウンベルト・デルガード国際空港からサーキットまでは車で約30〜35分(約27km)という近さです。日本の感覚で言えば、成田空港から都内中心部へ向かうよりも短い距離感といえます。公共交通機関を利用する場合は、リスボン市内のカイス・ド・ソドレ駅から鉄道(カスカイス線)でエストリル駅まで約40分、そこからバスまたはタクシーでサーキットへアクセスできます。
サーキット周辺はポルトガル・リビエラとも呼ばれる美しい海岸線が広がり、観光地としての魅力も十分です。隣接するカスカイスやシントラへのツーリングと合わせて計画するバイク乗りも少なくありません。サーキット見学時の注意点として、入場ゲートは歴史ある名門コースにしては予想外にコンパクトなつくりです。レース観戦日以外は事前に公式サイトで入場条件を確認してから向かうことをおすすめします。
以下に基本スペックをまとめます。
| 項目 | 詳細 |
|------|------|
| 正式名称 | シルクイート・ド・エストリル |
| 所在地 | ポルトガル・エストリル(リスボン近郊) |
| 開業年 | 1972年6月17日 |
| コース全長 | 4.182km |
| コーナー数 | 13(右9、左4) |
| ホームストレート | 約986m |
| リスボンからの距離 | 約27km(車で約30〜35分) |
【参考】エストリル・サーキット - Wikipedia(コース全長・歴史・主要イベントの詳細情報)
エストリルとバイクレースの関係は、MotoGPの前身であるロードレース世界選手権(WGP)にまで遡ります。このサーキットがバイクレースファンの記憶に深く刻まれているのは、世界最高峰の選手権が長年にわたって開催されてきたからにほかなりません。
WGPポルトガルGPは2000年からエストリルで開催が始まり、2012年まで計13回行われました。とくに2010年代前半のMotoGP黄金期には、バレンティーノ・ロッシやホルヘ・ロレンソ、ダニ・ペドロサといったスーパースターたちが激しいトップ争いを繰り広げたことで記憶に残っています。この時代は日本のメーカー(ホンダ・ヤマハ)が最前線で戦っており、日本のバイクファンにとっても縁のある舞台でした。
二輪の世界選手権という観点では、スーパーバイク世界選手権(WSBK)も忘れてはなりません。エストリルは近年もWSBKの開催地として機能しており、2025年第11戦では歴史的な瞬間が生まれました。BMW・M1000RRを駆るトプラク・ラズガットリオグルがスーパーポールでオールタイムラップレコードを更新、1分34秒203という驚異的なタイムを記録したのです。これは1周約4.2kmを時速換算すると平均時速約159km/hで駆け抜けた計算になります。なお、従来のレコードも彼自身が持っており、1分36秒054でした。約2秒近くの短縮は、バイク・タイヤ・ライダー技術の進化を如実に示しています。
意外なことに、エストリルはF1でも伝説的な名場面の舞台でもあります。1985年のポルトガルGPでは、のちに三度のF1チャンピオンとなるアイルトン・セナがロータス97Tを駆り、どしゃ降りの雨の中でF1初優勝を飾りました。これがセナ伝説の始まりです。1994年にセナがサンマリノGPで他界した後、エストリルの最終コーナー「パラボリカ」のコーナー内側にはセナの慰霊碑が建てられ、コーナー名は「パラボリカ・アイルトン・セナ」と改名されています。サーキットを走るライダーたちは、この慰霊碑を横目に最終コーナーを立ち上がっていくことになります。
バイク乗りにとって、このコーナーには特別な重みがあります。バイクの最終コーナーはスロットルを開け直してホームストレートへ向かう重要セクションですが、セナへの敬意を感じながら走るという経験は、他のサーキットでは得られないものです。
【参考】GAZOO.com「F1やMotoGPも開催されたエストリルサーキット現地レポ」(コースの高低差や実際の雰囲気が詳細にわかる現地レポート)
エストリル・サーキットはバイクにとって非常にテクニカルなレイアウトです。コース図で見ると比較的シンプルに見えますが、実際に走ると地図では読み取れない要素が多数あります。これを知っておくと、初めて走るライダーの「想定外」を減らすことができます。
まず特徴的なのが、コース全体に及ぶ高低差です。ホームストレートから1・2コーナーは平坦ですが、3コーナーから4コーナーにかけては急な上り坂になります。その後4コーナーを立ち上がると一気に加速できる下りの高速5コーナーへとつながる、ジェットコースター的なセクションが続きます。高低差に対応したブレーキポイントの調整が重要です。
コース上のキーポイントを整理すると以下のようになります。
- 1コーナー進入(ブレーキングゾーン):約986mのホームストレートからの急制動。バイクのスピードは170〜180km/h以上に達するため、ブレーキングポイントの把握が最重要。WSBKでのパッシングポイントでもある。
- 3〜4コーナー(アップヒル):地図では緩やかに見えるが実際は急な上り坂。アクセルを慎重にコントロールしながらの登坂コーナーリングが要求される。
- 6コーナー(バックストレート末端のヘアピン):バックストレートから激しいブレーキング勝負が繰り広げられる2つ目のパッシングポイント。コーナー自体は急で狭く、スピードに乗ったまま突っ込むとはみ出しやすい。
- 9コーナー(急角度の鋭角コーナー):コース上でも特に鋭角なコーナー。さらに10コーナーへ向けて急な上り傾斜が続くため、立ち上がりのアクセル操作に慎重さが求められる。
- 最終13コーナー「パラボリカ・アイルトン・セナ」:長い180度ターン。ここの立ち上がりで得た速度がラップタイムに直結するため、進入スピードより出口での加速体制づくりを優先するのが定石。
つまり、立ち上がりの加速を重視した走りが基本です。
特筆すべきなのが海風の影響です。サーキットは海岸の丘の上に位置するため、走行中に風の影響を強く受けやすいという特性があります。ただし横風よりも「コーナーごとに風向きが変わる」という難しさがあり、アウトサイドに流される感覚を覚えるコーナーが存在します。ライディングポジションを安定させるため、膝でタンクをホールドする意識が海外ライダーからも推奨されています。
サーキット走行の準備という観点から、タイヤ選択と空気圧管理が特に重要です。エストリルのコースサーフェスは2024年に一部再舗装されており、グリップ力は非常に高い状態です。スポーツタイヤまたはトラックデイ用タイヤを使う場合、コールドプレッシャーから走行セッション前に確認し、走行後に再確認する習慣をつけましょう。適切な空気圧の目安はタイヤメーカーの指定値を参照し、現地の気温(エストリルは年間を通じて比較的温暖で10〜25℃程度)に合わせて調整することをおすすめします。
【参考】Paddock-GP「WSBKスーパーバイクエストリル:現在の戦力とプログラム」(コースの難易度・ブレーキングゾーンに関するプロ目線の詳細解説)
エストリル・サーキットは一般のバイク乗りがトラックデイ(走行会)として使用できる数少ないヨーロッパ有数の国際サーキットのひとつです。この事実を知らずに「WSBKやMotoGPを観戦するだけの場所」と思っているライダーは少なくありません。これは知らないと損する情報です。
現地または欧州のトラックデイ専門主催会社(「No Limits」などが代表的)を通じてエントリーすれば、一般ライダーでも実際にこのコースを走ることができます。費用感については欧州での3日間トラックデイを例に挙げると、参加費・移送費・宿泊込みで総額30〜60万円程度になるケースが多く、決して安くはありませんが、MotoGPやWSBKの舞台を自身のバイクで走れる体験は、多くのライダーが「一生に一度は」と語るほどです。
参加にあたって知っておきたいポイントは以下のとおりです。
- 🏍️ ライダーレベルごとのグループ分け:多くの主催会社が初心者・中級・上級でグループを分け、スキルに合った環境で走れる。
- 🔊 騒音規制(ノイズテスト):参加初日に1回のみ騒音チェックがある。規制値を超えると走行不可になる場合があるため、マフラーが社外品の場合は事前に適合確認が必要。
- 🛞 タイヤサービス:現地でタイヤ交換サービスが受けられる。費用はホイール2本分で約40〜60ユーロが相場。
- 🧰 工具と燃料:燃料用ジャグ(ポリタンク)と基本的な工具は必ず持参すること。サーキット内でレンタルできるケースもあるが、十分な量が確保できないことがある。
- ✈️ バイクの輸送:自走は不可のため、専門業者によるスチルージ(コンテナ)輸送を利用するのが一般的。英国や欧州発着が多く、日本からは欧州系輸送会社を経由するルートになる。
なお、トラックデイではフルフェイスヘルメット・革製レーシングスーツ(ワンピースまたはツーピース)・グローブ・ブーツが必須装備です。プロテクターが不十分なジャケットでの走行は認められません。この点は国内の走行会と同様のルールですが、ヨーロッパの会社は審査が厳格な場合があるため、事前確認が必要です。
現実的に考えると、いきなりエストリルのトラックデイに飛び込むよりも、国内の走行会を重ねてから海外チャレンジをするルートが安全です。国内の走行会経験が10回以上あり、1コーナー進入でのブレーキングに自信がついてきた段階が、エストリルに挑む適切なタイミングといえるでしょう。
【参考】RacingCircuits.info「Estoril」(コースの歴史・改修情報・トラックデイ利用に関する英語の詳細ガイド)
バイク乗りにとって、エストリル・サーキットはレース観戦の目的地であると同時に、ポルトガル・ツーリングの起点としても最高の拠点です。この視点を持つと、旅の満足度が格段に上がります。
WSBKやFIMエンデュランス世界選手権(FIM-WEC)の観戦スケジュールに合わせてポルトガル入りするなら、エストリルのサーキット周辺に宿泊することをすすめます。サーキットはエストリルの街の丘上に位置しており、海岸線まで徒歩圏内のホテルが複数あります。リスボン市内への電車アクセスも良好で、観光とレース観戦を組み合わせやすい環境です。
ポルトガル・リビエラのツーリングルートとして特に評価が高いのが、エストリルからカスカイスを経由してロカ岬(ユーラシア大陸最西端)まで走るルートです。距離にして片道約30km(奥多摩周遊道路から檜原村を抜ける一往復程度の距離感)で、大西洋の絶景を楽しみながらのワインディングが続きます。路面状況は比較的良好ですが、交通量が多い夏季(7〜8月)は混雑するため、早朝出発が快適です。
観戦プランニングにあたって知っておくべきコストの目安は以下のとおりです。
- 🎟️ WSBK エストリルラウンド観戦チケット:3日間パスで40〜80ユーロが目安(グランドスタンド席は追加料金あり)
- 🏨 エストリル周辺宿泊費:シーズン中(10月)は1泊80〜150ユーロ程度(観戦週は早期予約が必須)
- ✈️ リスボン往復航空券:日本発でエコノミー往復10〜15万円程度(時期により変動大)
これは使えそうです。レース観戦と観光を組み合わせることで、フライト費用を「観戦費」と「旅行費」でわりあうことができ、費用対効果が高まります。
グランドスタンドからの観戦ポイントとして、最終コーナー出口からホームストレートにかけての区間が一望できる席が特におすすめです。バイクが最終コーナーを立ち上がりながら次々とホームストレートに飛び込んでくる光景は、映像では伝わらない迫力があります。座席はコンクリート製の段々構造のため、クッションシートや折りたたみクッションを持参すると快適に過ごせます。
注意点として、エストリル周辺はリスボン近郊とはいえ、サーキット内の施設は「国際サーキット」にしては意外とコンパクトです。グランドスタンド裏には売店やバーがあるものの、大規模フードコートは期待しないほうが無難です。飲み物や軽食は手頃な現地スーパーで事前に調達しておくのが現地を知るライダーの定番スタイルです。
【参考】WorldSBK Store「Estoril SBK 2025 destination guide」(WSBK観戦と周辺観光を組み合わせた旅のガイド情報、英語)