

ピットインはただ「止まって作業するだけ」だと思っていませんか?実はMotoGPではピット内でバイクに給油すると、理由を問わず即失格になります。
ピットインとは、レース中に競技車両がコースを離れてピットレーンに入り、給油やタイヤ交換・ライダー交代などの作業を行うことを指します。バイクレースにおいて、ピットはまさにチームの前線基地です。
ピットレーン(コースとピットガレージをつなぐ通路)には厳格な速度制限が設けられており、MotoGPでは時速60km以内と定められています。一方、一般的なサーキット走行会や国内レースでは40〜60km/hと規定が異なることが多く、筑波サーキットのコース2000では40km/h、富士スピードウェイなどは60km/hが基準です。
つまり速度制限の確認は必須です。
バイクレースのピットインで行われる作業は、主に以下の3つに分類されます。
注意が必要なのは、MotoGPクラスでは「レース中の給油は厳禁」という規定が明記されていることです。ホンダの公式ページにも記載のとおり、「再給油は厳禁する。この規則に対する違反はどのようなものであれ、失格を伴う罰則が与えられる」とあります。これはF1と同様の考え方で、スタート前に全燃料を搭載してレース完走を目指す設計になっています。
知っておくだけで観戦の見方が変わります。
ホンダ公式:MotoGP学科「フラッグ・トゥ・フラッグの話」ピットインのルール詳細(給油禁止規定を含む)
ピットレーンに入るタイミングも重要で、入口に引かれたホワイトライン(ピットインライン)を超える前にピットレーン側へ進路をとる必要があります。このラインをまたいでしまうと、それだけでペナルティの対象になります。ルールが細かいですね。バイクに乗っているライダーとしてレース観戦するなら、こうした細かいルールを把握しておくと、レース全体の戦略がぐっとリアルに見えてきます。
「ピットインは早いほうがいい」と思いがちですが、実はそうとも限りません。
ピットインのタイミングこそが、バイクレースの勝負を決める最大の戦略ポイントです。特に耐久レースでは、1回のピット作業が2秒遅れるだけで、レース全体を通じると14秒以上の差になることもあります(ブリヂストン山田宏氏のレポートより)。
これは使えそうです。
タイミング判断の大きな要素として、セーフティカー(SC)の導入があります。SC先導になると全車が大幅に減速するため、そのタイミングでピットインすれば通常よりタイムロスが少なくて済みます。トップチームのストラテジストたちはこのわずかな「チャンスの窓」を見逃しません。
鈴鹿8耐(世界耐久選手権・EWC)では、表彰台を狙うチームは8時間で7回のピットインが基本とされています。1スティント(1人のライダーが担当する走行パート)は27〜28周が目安で、燃費は通常のコンディションだと7km/L以下と言われています。ピットを1回余分にするだけで約20秒以上のロスになるため、スティントの長さを精密に計算した戦略が求められます。
判断が難しいですね。とりわけ難しいのが「雨が降り始めたタイミング」での判断です。残り3〜4周なら濡れた路面でもスリックタイヤで我慢するのか、ピットインしてウェットタイヤのバイクに乗り換えるのかは、ライダーとチームの総合的な判断に委ねられます。MotoGP 2021年オーストリアGPはまさにこのシナリオが展開し、観客を熱狂させました。
ライディングスポーツ:MotoGPをもっと楽しもう!ライダー達がピットインしてマシンを交換する「フラッグ・トゥ・フラッグ」ルール解説
「バイクのタイヤ交換って時間がかかるよね」と感じているライダーも多いはずです。
実際、一般的なバイクショップでのタイヤ交換は1本あたり30分以上かかることも珍しくありません。ところが鈴鹿8耐のトップチームは、前後タイヤ交換+24Lの給油を20秒以内で終わらせます。
これは驚異的なスピードです。
ブリヂストンの公式レポートによると、前後タイヤ交換だけなら4〜6秒、24Lの給油は3秒足らずで完了します。一般的なセルフのガソリンスタンドでは、給油速度が1秒あたり0.5〜0.6Lに設定されているため、同じ24Lを入れるのに40秒以上かかります。その差は実に13倍以上です。
この速さを実現するために、レース用バイクには市販車と異なる特殊な改造が施されています。
市販車そのままでは到底この速さは出ません。
作業員は通常4名が担当し、フロントとリアに2名ずつ配置されます。スタンドを掛けてタイヤを抜く係と、アクスルシャフトをインパクトレンチで抜き差しする係が連携して動きます。さらに40kg以上ある給油タンクを抱えてガソリンを注ぐ担当者も加わり、全員が秒単位で役割をこなす「人間のチーム競技」です。
1回のピット作業で2秒遅れると、レース全体で14秒の差になります。鈴鹿8耐では7回のピットストップがある、つまりこの14秒という数字は、コース上でライダーが1周あたり0.2秒速く走り続けて70周分を詰めてやっとカバーできる差です(東京ドーム1個分の距離を1秒で縮めるようなイメージです)。ピット作業の速さは、走る速さと同じくらい重要なのです。
ブリヂストン公式:EWC鈴鹿8耐ピット作業解説|タイヤ交換システムや給油装置の詳細解説
バイクレースには「フラッグ・トゥ・フラッグ」という、F1にはない独特のルールが存在します。
これはレース中に天候が変化した場合(ドライ→ウェット、またはウェット→ドライ)に、ライダーがピットインして異なるタイヤを装着したバイクごと乗り換えられるというルールです。タイヤだけを交換するのではなく、もう1台のバイクに丸ごと乗り換えるのがMotoGPの特徴です。
4輪とは全然違うルールですね。
このフラッグ・トゥ・フラッグルールのもとでは、ピットインの回数に上限がありません。ホンダの公式情報によれば、ルールブックにはピットインの回数を制限する条項がなく、理論的には何度でもピットインができます。ただし毎回タイムを失うため、実際に複数回マシンを交換した例は非常に珍しいとされています。
一方、SBK(スーパーバイク世界選手権)では2024年から、フィリップ・アイランド(オーストラリア)でのレースに限り、決勝でのピットインとタイヤ交換が義務化されています。これはフィリップ・アイランドが新路面になり、路面温度の高さとグリップ力の強さがタイヤに異常なダメージを与えるリスクが判明したためです。ドルナ・FIM・レースディレクション・ピレリの4者協議で決定したこの措置は、2025年も継続されています。
ペナルティルールも確認が必要です。ピットインに関して定められたルールに違反した場合、以下のようなペナルティが科せられます。
オートスポーツweb:SBK第1戦オーストラリア2025年もピットイン&タイヤ交換が義務化された背景と理由
ピットインを「作業の休憩」として見ているのは実は大きな損失です。
プロのレース観戦者がピットで注目しているのは、「どのタイミングで入ったか」「作業に何秒かかったか」「ライバルチームとの差はどう変化したか」という3点です。この視点を持つだけで、テレビ観戦でもサーキット観戦でも、レースの楽しみ方が根本から変わります。
観戦の質が上がります。
特に注目したいのが「アンダーカット戦略」と呼ばれる考え方です。これはライバルより先にピットインすることで、新しいタイヤで高いペースを出し、ライバルがピットインから戻ってきたときに自分が前に出ている状態を作る戦略です。逆に「オーバーカット」とは、ライバルが先にピットインした後もコースに留まり、ライバルが遅いピットレーンを走っている間に差を広げる戦略です。
バイクレースの場合、F1と違いピットストップにかかる時間は比較的長め(20秒前後)のため、アンダーカットを成功させるには新品タイヤによるラップタイムの向上が非常に重要です。タイヤの温まり方やグリップ特性がライダーによって異なるため、同じチームの2名のライダーでも戦略が異なることがあります。
また「ダブルスタック」と呼ばれる状況もあります。これは同一チームの2台のバイクが同じタイミングでピットインする場合で、先に作業を終えたほうが正しい場所に誘導されるよう、ガレージ内での動線管理が求められます。
レース観戦時に便利なのが、公式アプリやタイミングサービスです。MotoGP公式アプリや鈴鹿8耐の公式サービスでは、リアルタイムのラップタイムやピットインのタイミングが確認でき、「今のピットインは早いのか遅いのか」を自分なりに判断しながら楽しめます。観戦前にアプリをインストールしておくだけで、レースの見え方がガラリと変わります。
MotoGP公式サイト:ライブタイミングやレース情報、ルール解説コンテンツが充実
さらにもう一つ、あまり語られない独自の視点として「ピットインのミスが連鎖するリスク」があります。鈴鹿8耐のような長丁場では、ピット作業のミス(シャフトが抜けない、給油口が合わない、ライダーがスイッチを入れ忘れるなど)が1回起きるだけで10秒以上のロスになります。こうしたミスを防ぐために、トップチームは年間を通じてピット練習を繰り返し、本番の7回のピットストップのために1年以上かけて準備します。
ピットは1年がかりの準備で動いています。
バイクに乗るライダーだからこそわかる「あの作業の難しさ」を念頭に置きながら観戦すると、ピットクルーの動きのひとつひとつが、まるで演奏するように洗練されていることに気づくはずです。レースの主役はコース上のライダーだけではありません。ピットレーンの20秒に、チームのすべてが凝縮されています。