

高速道路を1時間走ってもタイヤが温まっていないせいで、峠の1コーナー目に転倒するライダーが後を絶たない。
「グリップする」とは、英語の "grip"(しっかり掴む)に由来し、バイク用語ではタイヤが路面をつかんで滑らない状態を指します。より正確にいうと、タイヤと路面の間に働く摩擦力のことです。この摩擦力が高い状態が「グリップ力が高い」、低い状態が「グリップ力が低い」という表現になります。
わかりやすい例を挙げましょう。固く締まった瓶のフタを素手で開けようとする場面を想像してください。乾いた手でしっかり掴んだときはフタが「グリップ」されて回転力が伝わりますが、手が濡れていたり、ゴムがなかったりするとツルッと滑ってしまいます。これがまさにグリップのある状態とない状態の違いです。
バイクでは、このグリップがタイヤと路面の間で起きています。タイヤがグリップしているとき、ライダーはブレーキング・加速・コーナリングという三つの動作を安全に行えます。逆にグリップが失われた瞬間、バイクはライダーの意思とは無関係に動き始め、転倒リスクが一気に高まるのです。
グリップ力に影響するおもな要因は次のとおりです。
グリップが基本です。まずこの「滑らない力」の概念を押さえることで、以降のすべての知識が繋がっていきます。
バイクのグリップ力とは何か、具体的なメリット・デメリットまでまとめたエントリー記事(バイカーへの道)
グリップしているかどうかを実感する感覚のことを、ライダーたちは「接地感」と呼びます。これは少々わかりにくい言葉ですが、本質は「タイヤがほんの少しだけ路面に対してズレている(撓んでいる)感触」です。
凍った路面に立ったときを想像してみてください。足元がツルツルで、少し横に力をかけただけでスッテンと転びそうになります。これはグリップ感がゼロの状態です。一方、乾いた舗装路では足を蹴り出すとしっかり地面が押し返してくれます。この「路面が押し返してくれる」感触こそが、接地感の正体に近いものです。
バイクでは、後輪が加速時にわずかに路面を蹴る感触として、シートがごく僅かに持ち上げられる感覚で伝わってきます。専門的にはタイヤが荷重によって撓む(変形する)ことで生まれる反力です。前輪の場合はブレーキング時にフロントフォークを通じてハンドルに微振動として伝わってきます。
接地感が希薄になる代表的な場面があります。
| 場面 | 原因 | リスク |
|---|---|---|
| 雨天のコーナリング | 水膜が摩擦を低下させる | スリップ・転倒 |
| 冷えた路面の走り出し | タイヤが適正温度未満 | 初期グリップ不足 |
| 荷重が抜けた下りコーナー | リア荷重が減少 | 後輪の流れ |
| 体に力が入っている状態 | サスペンションの動きを妨げる | 路面追従性の低下 |
実は、ライダーの身体に力が入っているとグリップ感を感じにくくなるだけでなく、実際のグリップ力も下がります。クシタニのライテク記事によると、「ライダーの身体に力が入っているとサスペンションの動きが制限され、タイヤの路面追従性が損なわれる」とのことです。これは多くのライダーが意識していないポイントです。
つまり「怖いから体に力を入れる→グリップが落ちる→さらに怖くなる」という悪循環が実際に起きています。接地感を高めるためには、スピードを適切に抑えて走りを組み立て、身体の力を抜くことが条件です。
タイヤの撓みとグリップ感の関係を前後輪それぞれ詳細に解説した記事(RIDE HI)
「身体の力を抜くとタイヤのグリップが増える」理由を解説したライテク記事(クシタニ)
グリップ力は一定ではありません。乗るたびに条件が変わります。中でも多くのライダーが見落としがちなのが「温度」の問題です。
タイヤのゴムは、ある程度温まることで柔軟性を発揮し、路面の細かな凹凸に密着してグリップ力を発揮します。しかし気温が低い状態では、ゴムが硬化してしまい、路面に追従する能力が落ちます。一般的なスポーツツーリングタイヤでも、気温10度以下ではグリップ性能の低下が顕著です。ハイグリップタイヤの場合はさらに顕著で、適正作動温度は50〜80℃とも言われており、冬の公道では全くその性能を発揮できない場合があります。
ここで一つ、見落としやすいポイントがあります。
「高速道路を1時間以上走ってきたから大丈夫」と思っているライダーは多いはずです。しかし実際は、一定速度で風を切り続けているとタイヤはほとんど温まりません。内部から温めるためには、加速と減速を繰り返してタイヤをしっかり撓ませる必要があるのです。これは知らないと損する情報です。
タイヤを正しく温める「温め走り」の手順は以下のとおりです。
また、もう一つ見落としがちなのが空気圧です。気温が10度下がるごとにタイヤの空気圧は約0.1kPa前後下がります。冬場のツーリング前には必ず出発前(冷間時)に空気圧をチェックする習慣をつけましょう。「どうせ抜けるから」と高めに入れると、かえってグリップ力を発揮できなくなります。空気圧は必須の確認事項です。
冬のグリップ確保に必要な「温め走り」の具体的な方法と注意点(BikeJIN WEB)
「ニーグリップ」という言葉は、バイクの教習でほぼ必ず出てきます。「膝でタンクを挟みなさい」と教わった方がほとんどでしょう。しかし、この言葉の意味を「タンクをギュッと挟む動作」として理解しているだけでは、じつは半分しか正解ではありません。
ニーグリップの本当の目的は、「膝でタンクを挟む」ことそのものではなく、下半身全体でバイクをホールドして身体を安定させることです。タンクを挟んだ結果としてニーグリップの形になる、という理解が正確です。
なぜこれが重要かというと、バイクには「セルフステア」という機能があります。車体が傾くと、自然にハンドルが切れてバランスを保つ作用です。上半身に力が入ってハンドルを強く押さえてしまうと、このセルフステアの邪魔をしてしまい、バイク本来の安定性能を失わせてしまいます。下半身でしっかりホールドして、上半身の力を抜くことが安定走行の条件です。
ニーグリップが正しく機能すると、次のような恩恵が得られます。
ただし、必要以上にタンクをギュッと締め付けるのは逆効果です。足が疲れてしまい、むしろ安定した走りを妨げます。「自分の下半身とバイクが一体になった感覚」を目指して、力の入れ具合を探っていきましょう。
なお、スクーターやCUBなどタンクを膝で挟めないバイクの場合は、くるぶしでフレームやステップを挟む「くるぶしグリップ」が有効です。これでも安定性は大きく向上します。
ニーグリップのやり方から効果・サポートパーツまで丁寧に解説した記事(Bike Life Lab)
「グリップするタイヤ=ハイグリップタイヤ」と考えて、何でもハイグリップタイヤを選べばいいという考え方は、じつは公道では危険な判断になりえます。
ハイグリップタイヤは、サーキットや峠道での限界走行に特化して設計されたタイヤです。コーナリングでのグリップ力やブレーキング性能は確かに高い。しかしそれには「適正温度に達していること」が大前提です。ハイグリップタイヤの適正温度は50〜80℃。公道で普通に走っている程度では、この温度に達するのはなかなか難しいのが現実です。
冷えた状態のハイグリップタイヤは、スポーツツーリングタイヤより低グリップになることすらあります。これは大切なポイントです。
加えて、ハイグリップタイヤには以下のデメリットがあります。
公道を快適に走りたい場合は、スポーツツーリングタイヤが最もバランスが取れた選択になることが多いです。このカテゴリのタイヤは、濡れた路面でも冷えた路面でも安定したグリップを発揮するよう設計されており、ライフも長め。安心できるグリップと経済性を両立したい方には、まずこのカテゴリから検討することをおすすめします。
タイヤを選ぶ際には、自分がどんな路面でどんな走り方をするかを明確にしてから選ぶのが正解です。
ハイグリップタイヤが必ずしも安全ではない理由をプロが解説(RIDE HI / young-machine)
ここまでタイヤや路面の話をしてきましたが、実はグリップに大きく影響するのに見落とされがちな要素があります。それは「ライダー自身の精神状態と身体の力み」です。
バイク専門ジャーナリストの小川勤氏によると、緊張や不安でライダーの身体が硬くなると、次のような連鎖が起きます。まず筋肉に力が入り、バイクに余計な力が加わります。するとサスペンションの動きが制限され、タイヤの路面追従性が低下します。グリップ力が落ちると「やっぱり怖い」とさらに緊張が増し、また身体が硬くなる。これが悪循環です。
怖いと思うと、本当にグリップが落ちるのです。
この悪循環から抜け出す具体的な方法を整理しましょう。
グリップ力はタイヤだけで決まるものではありません。ライダーがリラックスして走れている状態が、実はグリップを最大限活かすために最も大切な条件の一つです。意外ですね。
まず「自分の状態」を整えることが、安全なライディングの近道です。
ライダーの緊張がタイヤのグリップ力と接地感を下げるメカニズムを詳解(クシタニ ライテク記事)

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