

サグ出しをしないまま走ると、コーナーで転倒してもバイクのせいにできません。
「サグ(sag)」は英語で「たわみ」を意味する言葉で、バイクのサスペンション調整においては「ライダーが乗車したときにサスペンションが沈み込む量」を指します。この言葉自体は英語圏のモータースポーツ用語がそのまま使われているため、初めて聞く人には少しとっつきにくいかもしれません。しかし意味はシンプルです。
つまり「体重がサスを何ミリ縮ませているか」ということです。
バイクメーカーはサスペンションをゼロから設計するとき、あるライダー体重を前提にスプリングレートを決めています。国産バイクの場合、この「想定ライダー体重」はおおむね65〜75kgに設定されていることが多いと言われています。しかし実際にバイクに乗る人の体重は50kg台から90kg超まで幅広く、出荷時のセッティングがすべてのライダーにとって最適なわけではありません。
ここで重要になるのが「サグ出し」です。サグ出しとは、ライダー個人の体重に合わせてプリロードを調整し、サスペンションの沈み込み量を適正値に合わせる作業のことです。単に乗り心地の好みの問題ではなく、タイヤが路面を追従できるかどうか、つまり安全に走れるかどうかに直結する調整です。
サグ出しはオフロードバイクの世界では昔から当然のように行われてきました。一方でオンロードバイクに乗るライダーの間では「上級者がやること」と思われていることも多く、設定を出荷状態のまま乗り続けているケースが少なくありません。これは実際には見逃すにはもったいないセッティングです。
バイク乗りが口にする「サグ出し」について、わかりやすく解説した参考記事はこちらです。プリロードとリバウンドストロークの関係についても詳しく書かれています。
バイク乗りが口にする「サグ出し」ってなに!?「リバウンド・ストローク」との関係も解説 – バイクニュース(2025年10月)
サグを理解するうえで、もうひとつの鍵となる言葉が「リバウンドストローク」です。少し難しく聞こえますが、これはとても重要な概念なので、ここでしっかり整理しておきましょう。
サスペンションには「縮む方向(圧縮側)」と「伸びる方向(リバウンド側)」の両方の動きがあります。路面の凸部にタイヤが当たったときは縮み、凹部を通過するときは伸びてタイヤを路面に押し付けます。この「伸びる余裕」のことをリバウンドストロークと呼びます。
リバウンドストロークが不足すると危険です。
コーナーリング中に路面の凹みを通過したとき、サスペンションが伸びる余裕がなければタイヤは一瞬路面から離れます。路面から離れたタイヤはグリップゼロの状態です。そこで転倒リスクが急上昇します。さらに、滑ってグリップを失ったタイヤが再びグリップを回復したとき、リアサスが急激に圧縮されてライダーを弾き飛ばす「ハイサイド」の引き金にもなりえます。
ではリバウンドストロークはどうやって確保するのか。答えはシンプルで、乗車時にサスペンションをあらかじめ適度に沈み込ませておくことです。沈んでいれば、そのぶん「伸びる余裕」が生まれます。これがサグ出しの核心的な意味です。
適正なリバウンドストロークの目安は、サスペンションのフルストローク量の25〜30%です。たとえばロードスポーツバイクのリアホイールトラベルが120mmであれば、30〜36mm程度のリバウンドストロークが適切とされています。30mmは指1本を横に並べたくらいの長さです。数字にすると小さく見えますが、この差が路面追従性、ひいては転倒リスクに影響します。
| 車種カテゴリ | リアホイールトラベル目安 | 適正サグ(25〜30%) |
|---|---|---|
| ロードスポーツ(250cc以上) | 110〜150mm | 約28〜45mm |
| アドベンチャーバイク | 150〜200mm | 約38〜60mm |
| オフロード(公道用) | 210〜270mm | 約53〜81mm |
| オフロード(競技用) | 300mm以上 | 約75mm〜 |
一般的にはフルストロークの1/3が目安とされています。フルストロークの数値はメーカーの公式サイトや取扱説明書から確認できます。カワサキは公式スペック表でホイールトラベルを公開しており参照しやすいです。ヤマハ・スズキの逆輸入車はプレストやモトマップの公式サイトで確認できます。
安全走行のためのサスペンション調整について、ライディングアカデミー東京監修の解説記事も参考になります。
サスセッティングで走りはどう変わる?プリロードとダンパーの考え方 – バイクブロス ライディングテクニック
サグ出しを実際に行うには、3つの計測状態を理解する必要があります。難しそうに聞こえますが、一度覚えれば迷いません。
0G(ゼロジー)とは、バイクを空中に浮かせてタイヤが地面から完全に離れた状態です。サスペンションが完全に伸びきった長さを計測します。センタースタンドがあるバイクならそのまま測定できますが、サイドスタンドのみのバイクはリアを持ち上げる人手が必要です。
1G(ワンジー)とは、バイクを地面に下ろし車重だけでサスが沈んだ状態です。ライダーは乗っていません。
乗車1G'(ワンジーダッシュ)とは、ライダーが乗車してさらにサスが沈んだ状態です。両足をステップに乗せ、実際に走るときと同じフォームをとった状態で計測します。この状態が最も重要です。
計測は以下の順で行います。まず0Gの数値を測る(リアアクスルシャフトとテールカウル下縁などの距離)。次に乗車1G'の数値を測る。この2つの差がリバウンドストローク、つまりサグの値になります。
計測は必ず水平な地面で行いましょう。
計測値の目安は次のとおりです。オンロードバイクで適正なリアサグは一般的に25〜35mmとされています。この数値を基準にプリロードを調整します。サグが少なすぎる(20mm未満など)場合はプリロードを弱め、多すぎる(40mm超など)場合は強めます。
注意点として、3mmの差でもバイクの挙動は変わります。走りながら微調整していくのが現実的です。また、体重が平均から大きく外れている場合(たとえば50kg以下、または90kg以上など)はプリロードを最弱〜最強に振っても適正範囲に入らないことがあります。そのときはスプリング自体をレートの違うものに交換することを検討しましょう。
安心と楽しいに必須のサス調整(サグ出し)とプリロード調整 – RIDE HI(2022年8月)
サグの計測値が出たら、いよいよプリロード調整です。プリロードとはスプリングにあらかじめかけておく初期荷重のことで、「イニシャル調整」とも呼ばれます。プリロードを強めるとサスが高い位置に留まり(サグが小さくなる)、弱めると沈み込みやすくなります(サグが大きくなる)。これが基本です。
必要な工具はピンスパナ(フックレンチ)です。バイクに付属の車載工具に含まれているケースが多いです。車種によってはリングとナットで固定されているため、ピンスパナを2本使って調整します。ロックナットを時計回りに回して緩め、スプリングシートを調整する流れになります。
リアサスが1本サスのバイク(モノサス)は、サスユニットがフレームの内側に隠れていて調整しにくい車種もあります。その場合は無理せずバイクショップに依頼するのが安全です。2本サス(ツインショック)のモデルは比較的アクセスしやすく、工具があれば自分で対応できます。
プリロード調整では、段階的に動かして確認することが重要です。
調整後は必ず再計測して目標値(25〜35mm)の範囲に入っているか確認します。実際に数kmテスト走行をして、コーナーで不安感がないか、ギャップ通過時の衝撃が適度に吸収されているかを体感で確認しましょう。
サスセッティングの順序として、最初にプリロード(サグ出し)を済ませてから、次に伸び側ダンパー、最後に圧側ダンパーの順で調整するのが定石です。サグが出ていない状態でダンパーだけ調整しても意味がありません。サグ出しが基準点になるということです。
ちなみに、オンロードバイクのサスセッティングについて、元ヤマハのエンジニアによる解説もあります。ハンドリングの原理から理解したい方に参考になります。
元ヤマハエンジニアから学ぶ ハンドリングのためのサスペンション理論 – ライダーズクラブ(2024年11月)
「サグ出しは2〜3人が必要」というのが一般的な説明ですが、実は自作の計測器を使えばひとりでも対応できます。費用は1,000円以下で揃います。これは使えそうです。
必要な材料は、径0.8mmのワイヤーロープ(90cm・約340円)、粘着式小型フック(約100円)、結束バンド(幅2.5mm×長さ8cm・約30円)、重り150g程度(釣具店で約250円)、養生テープ(約200円)、そして定規かノギスです。いずれもホームセンターと釣具店で揃います。
作業の仕組みはシンプルです。ワイヤーロープの一端をシートに固定し、もう一端はリアアクスルシャフトに貼り付けたフックを通して垂らします。ワイヤーに結束バンドを2本「マーカー」として取り付けます。バンドはワイヤーを自由に動けるが勝手に滑り落ちない程度の締め具合にします。
計測はきっちり正確でなくても大丈夫です。
プリロード最弱〜最強にしてもサグが適正範囲(25〜35mm)に収まらない場合は、スプリングのバネレートが体重と合っていないと考えましょう。その場合はスプリング交換が必要です。バネレートに詳しいバイクショップへ相談するのが確実な対処法です。
また、本格的に何度も計測したい方向けには、専用デジタルサグスケール「Slacker(スラッカー)」(テクニクス販売・約22,000円)や、DRC製「サグチェッカー」(約5,000円)といった計測器もあります。特にSlackerはスマートフォンと連携できる機種もあり、手軽に繰り返し計測できるのでサスセッティングに凝りたい方には便利です。ただし、DRC製サグチェッカーはスイングアームに荷重をかけずに浮かせられるスタンドが必須なので購入前に確認しましょう。
一人でサグ出しをする具体的な方法と手順について詳しく書かれた記事は以下も参考になります。
【バイク全般】リアサスのサグ出しを一人でする方法 – バイクのある生活(はてなブログ)
「サグ出しは一度やれば終わり」と思っているライダーが多いですが、実はそうではありません。同じバイク・同じライダーでも、走行シーンや状況によって適正なサグ値は変わります。この視点は既存の記事ではあまり取り上げられていない独自の切り口です。
たとえばタンデムライダー(2人乗り)をする場合、後部座席に同乗者が乗ると後輪への荷重は大幅に増えます。体重60kgのライダーに同乗者60kgが加われば合計120kgです。この状態でプリロードをソロ走行時のまま使うと、サグが増えすぎてリバウンドストロークが不足し、コーナーでグリップを失うリスクが高まります。これは健康リスクではなく、転倒という身体的なリスクに直結します。
ロングツーリングで荷物を積む場合も同様です。リアキャリアやシートバッグに15〜20kgの荷物を積載すると、それだけリアサスへの負荷が増えます。荷物の重さに合わせてプリロードを締める方向に調整することが、安定した車体姿勢の維持につながります。
また、体型の問題だけでなく「ライディングフォーム」も影響します。積極的にリアに荷重をかけるスポーツ走行スタイルと、ツーリングでアップライトに乗るスタイルでは、同じ体重でも実効的な荷重が違います。スポーツ走行寄りのライダーはやや大きめのサグ値にすることで、コーナーリング中のリア接地感が増すことがあります。
さらにセッティングは季節にも影響を受けることがあります。気温が低い冬場はサスペンションオイルの粘度が上がり、ダンパーの動きがやや重くなります。夏場は逆に動きが軽くなります。これは主にダンパー側の話ですが、走行感の変化として体感できることがあります。サグ値そのものは変わりませんが、ダンパーの伸び側を季節に合わせて微調整するライダーもいます。
サスセッティングを一度決めて終わりにするのではなく、乗る状況に合わせて見直す習慣を持つことが重要です。プリロードの調整だけならバイクを止めたその場でできます。専用工具(フックレンチ)をツールバッグに1本入れておくと、ツーリング先でも対応できます。BIKE MAN(バイクマン)などのバイク用品通販サイトで500〜1,000円程度から入手できます。
サスペンションセッティングについて(サグ取りのやり方・プリロード調整) – HYPERPRO公式サイト