

サムブレーキを付けても、公道では原則として使用できないと知っていましたか?
サムブレーキとは、バイクの左ハンドルバーに専用のマスターシリンダーとレバーを追加し、左手の親指(Thumb=サム)でリアブレーキを操作できるようにしたシステムです。通常のバイクでは右足のペダルでリアブレーキをかけますが、サムブレーキはその動作をハンドル左側に移してきます。
「親指1本でブレーキを操作?」と思うかもしれませんが、仕組み自体はシンプルです。左クラッチレバーの下にもう1本レバーが追加され、それを押すことでマスターシリンダーが油圧を発生。その油圧がブレーキラインを通ってリアキャリパーへ伝わり、後輪に制動力をかけます。フット(右足ペダル)のリアブレーキ系統と配管を共有する方式が一般的で、右足または左手親指のどちらからでもリアブレーキを操作できます。
つまり、従来の操作が「+1本」になるということですね。
なお、サムブレーキはまったくの新技術ではありません。MotoGPやSBK(スーパーバイク世界選手権)の最前線で生まれ、30年以上の実戦で磨かれてきた技術です。近年は市販のサーキット向けカスタムパーツとして入手しやすくなり、国内でもサーキット走行会に参加するスポーツライダーを中心に取り付け例が増えてきました。
サムブレーキが誕生したきっかけは、1人のライダーの大怪我でした。
1992年、世界GP500ccクラスに参戦していたオーストラリア人ライダー、ミック・ドゥーハンは、オランダのアッセンTTで公式予選中に転倒。右足を一時は切断寸断と言われるほどの重傷を負いました。この事故の後遺症で、右足によるリアブレーキペダルの操作が困難になってしまいます。
そこで世界的ブレーキメーカーのブレンボ社エンジニアが、ドゥーハン専用に「左手の親指でレバーを押してリアブレーキをかける」サムブレーキを開発しました。これが一般に普及している現在のサムブレーキの原型です。
その結果は驚異的でした。
レースに復帰したドゥーハンは、1994年から1998年まで5年連続でWGP500クラスのチャンピオンを獲得。サムブレーキが勝利に大きく貢献したと言われています。ケガを乗り越えただけでなく、そのハンデを新しい技術で逆用し、圧倒的王者として君臨し続けたのです。
意外ですね。
サムブレーキは当初こそ「難易度が高い」として多くのライダーには普及しませんでした。しかし2010年代中頃から再び注目を集め、ブレンボが2022年に公表したデータでは、MotoGP参戦ライダーの3分の1以上がサムブレーキ(サムマスターシリンダー)を日常的に使用していると確認されています。今やMotoGPのハイテク技術として定着した存在です。
参考:MotoGPにおけるブレンボのサムブレーキの詳細なシステム解説(ブレンボ公式プレスリリース)
2022 MotoGPに挑む新たなブレンボ製ブレーキシステム|PR TIMES
サムブレーキの取り付けには、いくつかの専用パーツが必要です。主な構成は以下のとおりです。
これらを合計すると、パーツ代だけで7〜10万円程度になることも珍しくありません。さらに、既存のリアブレーキ油圧回路に並列接続する配管作業(エア抜き含む)が必要で、専門的な整備知識がないと自力での取り付けはハードルが高いのが実情です。
取り付け方法には大きく2パターンあります。ひとつは既存のリアマスターシリンダーのリザーブタンク取り付け部からサムブレーキの配管を分岐させる「並列接続方式」。もうひとつは独自の油圧回路を別系統で組む「独立系統方式」です。一般的な取り付けには並列接続方式が使われます。右足ペダルと左手親指の両方からリアキャリパーに油圧を送れる構成が基本です。
配管が条件です。
参考:サムブレーキの取り付けとスペックの詳細
ACTIVE『GALE SPEED サムブレーキマスターシリンダー』解説|Heritage&legends
なぜサムブレーキを使うと有利なのか。その理由は「右コーナーの深いバンク」にあります。
スポーツバイクで右コーナーを全開バンクで攻めると、ブレーキペダルが路面に接近しすぎて、足でのリアブレーキ操作が事実上できなくなります。さらに最近のMotoGPでは、コーナー進入時に右足をステップから外してぶら下げる走り方も一般的になっており、その状態ではそもそもペダルが踏めません。サムブレーキなら、深いバンク中でも左手親指で繊細なリアブレーキ操作が可能です。
リアブレーキには減速力だけでなく、もうひとつの重要な役割があります。コーナリング中にリアブレーキをわずかにかけることで、リアサスペンションが縮んで車体姿勢が安定し、後輪のトラクション(グリップ力)が向上するのです。これは一種の「親指トラクションコントロール」とも言える繊細な技術です。
これは使えそうです。
MotoGPでドゥカティのライダーとして活躍したアンドレア・ドヴィツィオーゾは、2017〜2019年シーズンにブレンボとの共同開発サムブレーキを駆使し、最強王者マルク・マルケスと接戦を演じ3年連続ランキング2位を記録しました。右コーナーだけでなく、ウェットコンディションやコーナー脱出時の後輪制御にも積極活用したことが、その好成績に貢献したとされています。
一般ライダーがサーキット走行会でサムブレーキを活用するシーンとしては、右コーナーのフルバンク中にリアブレーキで車体を安定させたり、加速時のリアの飛び出しを抑えるトラクションコントロール的な使い方が主です。ただし、操作に慣れるまでには相応の練習時間が必要で、いきなり公道で試せる技術ではありません。
参考:リアブレーキの役割とサムブレーキの効果をMotoGPライダーが解説
青木宣篤がリアブレーキを解説!MotoGPにおけるサムブレーキの活用|ライダーズクラブ
サムブレーキに興味を持ったライダーが見落としがちなのが、「公道使用可否」の問題です。
現在市販されているサムブレーキ製品(GALE SPEED、BabyFaceなど)は、製品説明に「レーシングパーツ」または「レース専用品」と明記されています。これは公道走行を前提として設計・認証されていないことを意味します。保安基準への適合が確認されていないパーツを取り付けた状態で公道を走ると、保安基準違反になる可能性があります。
⚠️ 主な注意点まとめ
サーキット走行会への参加を考えているライダーが、サムブレーキの取り付け相談をするなら、サーキット経験のあるカスタムショップやレースショップへの相談が近道です。配管作業とエア抜きまで対応してくれる店舗に依頼することで、ブレーキ系統の安全性を確保できます。
車検通過が条件です。
なお、バイクのブレーキシステムに関する保安基準の詳細は国土交通省の公示に基づくため、不明な点は最寄りの陸運局への問い合わせが確実です。
サムブレーキは「レース専用品」という位置づけですが、最近は市販バイクの技術進化がその常識を変えつつあります。
ヤマハが2024年に発表した「Y-AMT(ヤマハ・オートマチック・マニュアル・トランスミッション)」を搭載したモデルでは、シフトチェンジをクラッチレバー操作なしに行えます。つまり左ハンドルの「クラッチレバーが不要」になります。クラッチレバーがなければ、その場所に左手操作のブレーキレバーを配置するのは物理的にも難易度的にもずっとハードルが下がります。
厳しいところですね。
MotoGPでサムブレーキが標準装備に近い形で普及した理由のひとつも、現代のMotoGPマシンが「シームレスミッション」を採用してクラッチレバー操作が不要になったことと関係しています。クラッチ操作が不要だからこそ、左手をリアブレーキ専用に使えるわけです。
つまり「左手リアブレーキの市販車化」は、オートマ機構の普及とともに現実の選択肢として近づいてきていると言えます。2026年現在、ヤマハ・ホンダ・カワサキなど各メーカーからオートマ系機構を搭載したモデルが続々登場しており、将来的には市販車でも「左手リアブレーキ標準装備」のモデルが出てくる可能性があります。これはバイクのブレーキ操作体系そのものが変わる、大きな転換点かもしれません。
サムブレーキは今のところサーキット専用の先進パーツですが、その技術的背景を知っておくことは、今後のバイク選びや乗り方を考える上でも参考になるはずです。
参考:MotoGPで増えるサムブレーキとリアブレーキ活用のトレンド
MotoGPライダーは左手でリアブレーキをかけているってホント!?|バイクのニュース

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