

走り出し直後の最初のカーブで転倒するライダーは、ベテランも含めて驚くほど多いです。
タイヤはゴムでできているため、温度によってグリップ力が劇的に変わります。これが、「なんでもない交差点で急に滑った」という経験につながる根本原因です。
一般的なストリートタイヤの適正温度は20〜30℃とされています。しかしハイグリップタイヤやスポーツタイヤになると適正温度は50〜80℃まで跳ね上がります。つまり、冬の早朝など路面温度が5〜10℃前後の状況では、どんなに高価なタイヤを履いていても本来のグリップ力を引き出すことができません。
極端な例で言えば、ハイグリップタイヤが冷えた状態だと「路面が凍ってるんじゃないか」と思うほど滑ることが現場のプロライダーからも報告されています。これは感覚的な話ではなく、ゴムの物性として低温時にはゴム分子の運動が遅くなり、弾性(しなやかさ)が失われるからです。
| タイヤ種別 | 適正温度の目安 |
|---|---|
| 一般ストリートタイヤ | 20〜30℃ |
| スポーツ/ハイグリップタイヤ | 50〜80℃ |
| レーシングタイヤ(MotoGPクラス) | 80〜100℃ |
タイヤが冷えている。それだけです。
冷えたタイヤで「いつも通りの走り方」をすると、グリップが突然切れる「スリップダウン」が起きやすくなります。警視庁のデータでも、11月は二輪車事故件数が1年間で2番目に多い月であり、早朝・夜間の時間帯に集中していることが示されています。ライダーと車体が共に「冷えている」状態でいつものペースで走り出すことがいかに危険か、数字が物語っています。
タイヤを温めることは節約でも我慢でもなく、転倒を防ぐための最低限の準備です。
【ずっとライド】バイクの冬事故対策|タイヤの温め方と転倒リスクの関係性(警視庁データ引用あり)
F1やMotoGPのウォームアップ走行を見ていると、マシンが左右に蛇行する場面をよく目にします。そのイメージがあるからか、公道やサーキットの走り出しでも蛇行(ローリング)をしてタイヤを温めようとするライダーは少なくありません。これは実は大きな誤解です。
蛇行でタイヤ表面が路面と擦れることで「摩擦熱」は発生します。しかしこの熱はあくまでタイヤの表面にしか作用しません。走行風で瞬時に冷やされてしまうため、内部まで熱が伝わる前に冷えてしまうのです。
タイヤを本当の意味で温めるには「ヒステリシスロス」という現象が必要です。タイヤは走行中に路面の凹凸や荷重によって繰り返し変形(たわみ)を起こします。このたわみが戻るときにエネルギーが熱に変換され、タイヤ全体の内部から温まるのがヒステリシスロスによる発熱です。つまり、外から摩擦で表面を温めるのではなく、タイヤ自体をしっかり「変形させる」ことが内部からの加熱につながります。
ピレリジャパンのオフィシャルライダーであるディアブロマン(伊丹孝裕氏)も「蛇行はまったく効果がないとは言いませんが、タイヤが冷えた状態でバンクするリスクが増えます。加速と減速でタイヤを温めましょう」と明言しています。
蛇行は表面熱のみ、が基本です。
さらに公道での蛇行は、後続車から見ると挙動不審に映り、追突リスクも生まれます。サーキット走行会でも蛇行走行は禁止されているケースが多く、あらゆる面でリスクの方が大きい行為だと言えます。
【ライダーズクラブ】ピレリ・ディアブロマン直伝のウォームアップ方法|ストレートでの荷重が効果的な理由
では、公道やサーキットで正しくタイヤを温めるにはどうすればいいのでしょうか?ポイントは「ストレートで荷重をかける」「バンク角を数ミリずつ広げる」という2点に集約されます。
ストレートでの加減速を繰り返す
走り出したら、まずコーナーには極力神経を使わず、直線区間での加減速を繰り返します。具体的には次のようなイメージです。
- やや高めのギアで、長めにスロットルを開けてリヤタイヤに荷重をかける
- 減速時はフロントブレーキを「じわっと長めに」かけ、フロントタイヤをたわませる
- これを信号や交差点のたびに意識的に繰り返す
これにより前後タイヤ両方にヒステリシスロスが発生し、内部から均一に温まっていきます。
コーナーはバンク角を数ミリずつ増やす
タイヤのセンター部分(直進時に接地する面)はある程度温まっても、ショルダー部分(コーナリング時に接地するタイヤのサイド)はまだ冷えたままです。センターが温まった感覚でいきなり深いバンク角でコーナーに入ると、ショルダーがいきなり冷えたまま接地することになり、スリップダウンが起きます。
コーナーでは1回ごとに少しずつバンク角を増やし、「今日のタイヤはここまで」という感覚を確かめながら走ることが重要です。感覚としては、いつもの半分のバンク角から始めて、3〜5コーナーかけて徐々に戻していくイメージです。
これが条件です。
「急」のつく操作はすべて禁止
走り出し直後の急ブレーキ、急加速、急な倒し込みは、タイヤのグリップ限界を一気に超えます。急ブレーキでフロントタイヤが冷えた状態でロックすれば、コントロールを失うのは一瞬です。急加速でリヤタイヤがスピンすれば、立ち上がりでハイサイド転倒につながるリスクもあります。
【Webike】失敗しないウォームアップのコツ|元WGPライダーのアプローチを紹介(ケニー佐川)
「新品タイヤは100km走らないと危ない」という話をよく耳にします。タイヤを新しくした直後はとにかく慎重に、という心がけ自体は正しいのですが、この「100km」という数字に過度に縛られる必要はありません。
タイヤメーカーの中には概ね100km以上の走行を推奨しているところもありますが(ミシュランなど)、これはあくまでタイヤ表面全体(特にサイドのショルダー部)を使い切るための目安です。直線ばかりの100kmと、ワインディングを走る100kmでは、タイヤのサイドが温まる速度がまったく異なります。距離よりも「タイヤ全体に熱が入っているかどうか」の方が本質的な判断基準です。
現代のタイヤ事情について言えば、タイヤメーカー自身が「今どきのタイヤは特に皮むきを必要としない」と回答するケースが増えています。製造工程で使われる離型剤の影響はかつてより少なくなっており、実際にサーキットのプロライダーでさえ新品タイヤをそこまで意識せず、1〜2周のウォームアップラップで走り始める選手も多いです。
距離よりも熱が条件です。
新品タイヤで本当に危険な状況は「タイヤが冷えている×バンク角が深い×路面が滑りやすい」の3つが重なったときです。新品かどうかよりも、温まっているかどうかを意識する方が実際の転倒防止につながります。また、中古バイクを購入した際に前のオーナーがタイヤにワックスを塗っていた場合は、その油分がグリップ低下の原因になるため要注意です。
新品タイヤ購入後は、走り始めの数回の走行ではバンク角を浅めに保ち、タイヤのサイドまでしっかり接地させながら段階的に慣らすことで、安全にウォームアップを完了できます。ダンロップの公式情報では夏タイヤで100km以上・速度80km/h以下が目安として示されており、急激な倒し込みを避けながら全体をまんべんなく使うことが推奨されています。
【バイクのライテクチューター】皮むきより大事なのは「熱を入れること」|現場のプロ目線での解説
ここで、検索上位ではあまり掘り下げられていない視点を一つ紹介します。それが「リーンアウト走法」を意図的にウォームアップに活用する方法です。
リーンアウトとは、コーナリング時にライダーの上半身を車体の外側(コーナーの外側)に向けて起こす乗り方です。教習所での8の字走行でなじみのある人も多いはずです。
通常の走り出しで多くのライダーがやりがちなのは「バイクを傾けるのが怖いから、できるだけ直立に近い状態でコーナーを通過する」という行動です。確かに怖い気持ちはよくわかるのですが、バンク角が極端に浅すぎると、タイヤのセンター部分しか接地しないためショルダーが一切温まりません。センターだけ温まってショルダーが冷えたまま、という偏った状態になってしまいます。
リーンアウト走法なら、ライダーの体重を外側に逃がすことでバイクをより深くバンクさせながら、同時に安定感を保つことができます。「体が外に張り出している」ことでバランスが取りやすく、万が一スリップしても体が転倒の回転中心に近いため恐怖感も少なく、体勢を立て直しやすいというメリットがあります。
意外と知られていない技術ですね。
具体的なウォームアップでの活用法は次の通りです。
- 走り始め数分間は意識的にリーンアウト姿勢でコーナーを通過する
- バイクを深く傾けながらも体を外に逃がすことでショルダーまで接地させる
- 徐々に通常のニュートラル姿勢やリーンイン姿勢に移行する
タイヤのサイドまで摩擦をかけることで、全体的な温まりが早くなります。特に寒い朝に短時間で市街地を走る場面では、ウォームアップの「質」を高める有効な手段です。
ただし、リーンアウト走法はあくまでも低速・慎重な走行を前提とした走り方です。スピードを上げた状態でのリーンアウトは車体のバランスが乱れる可能性があるため、あくまでゆっくりとしたペースで試してください。
【ヤングマシン】リーンアウト走法でタイヤのショルダーを温める方法|転倒リスクを減らすライディングのコツ
ウォームアップの基本は変わりませんが、季節やシーンによって注意点が変わってきます。状況別に整理しておくと、実際の走行で迷わずに対応できます。
🌨️ 冬(気温10℃以下)の場合
ストリートタイヤの適正温度20〜30℃に対し、冬の路面温度は5〜10℃以下になることが珍しくありません。適正温度に達するまでにかかる時間が春夏と比べて大幅に長くなります。最初の数kmはとにかく丁寧に、急の操作を完全に排除した走り方を続けることが求められます。
また、信号待ちや駐車でバイクを止めた後は、タイヤが急速に冷えます。「さっきまで走っていたから大丈夫」という感覚は危険です。再出発の際は再びウォームアップを意識した走り方に戻しましょう。
☀️ 夏(気温25℃以上)の場合
夏場は路面温度が高く、タイヤの温まりが格段に早いです。しかし「夏は大丈夫」と油断するのは禁物です。夏場の早朝ツーリング出発直後や、長時間の休憩後の再出発時はタイヤが冷えています。また、高速道路で長距離の巡航走行を続けるとタイヤのセンターは温まっているものの、ショルダーは意外と温まっていないケースもあります。インターを降りてすぐのコーナーでは慎重な走行が必要です。
🏁 サーキット走行の場合
サーキットではタイヤウォーマーを使うことが最も確実な方法です。タイヤウォーマーは電気毛布のようにタイヤに巻き付け、適正温度まで電熱で温めます。外気温20℃以上なら約40分、10〜15℃以下なら約60分が加熱の目安です(CAPITタイヤウォーマーの仕様より)。
ウォーマーを使う際は「ホイールまで温まっているか」を確認することが大事です。タイヤの表面だけが熱くても、ホイールが冷えていると内部の熱がすぐ逃げてしまいます。走行前にホイール部分を手で触れて確認する習慣をつけましょう。
タイヤウォーマーが使えない走行会では、コースインから最低3周はゆっくり走り、各周回でバンク角を段階的に深めていく「3周ルーティン」が有効です。ピレリジャパンのオフィシャルライダーも推奨している、実践的なアプローチです。
| シーン | 主な注意点 |
|---|---|
| 冬・早朝 | 適正温度到達に最長。信号停止後も再ウォームアップ必須 |
| 夏・高速後 | ショルダーが冷えたまま。出口のコーナーは慎重に |
| サーキット | タイヤウォーマー推奨。3周ルーティンで段階的にバンク角を深める |
| 新品タイヤ | 距離よりも熱入れが優先。ショルダーまで使うことを意識 |
寒い日のコーナーこそ一番の危険地帯です。
タイヤウォームアップは「気をつけよう」という心がけだけでなく、「何をすれば温まるか」という正確な知識があって初めて機能します。ヒステリシスロスを発生させる加減速走行、バンク角の段階的な拡大、そして再停止後の再ウォームアップという3つの行動を習慣として持っておくだけで、走り出し直後の転倒リスクを大幅に下げることができます。
【モリバイク】サーキット走行でのタイヤウォームアップ方法|タイヤウォーマーの正しい使い方と蛇行との比較

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